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隠し事 2
涼の事務所は恵比寿だった。事務所のビルの近くまで行くと再び着信があった。
「……はい」
「今どこだ? 」
「あ……もうすぐ事務所の前」
「そのまま直接四階に来い」
「……分かりました」
ビルの受付で四階の用事があることを告げると、すんなり通してもらえた。四階には確かに涼のモデル事務所の表示があった。一体、事務所で何をする気なのか。予測がつかないことへの不安が押し寄せてくる。
エレベーターを降りると、真正面に陸さんが立っていて、俺を見つけるなり不敵な笑みを浮かべた。
「やぁ来たな。本当に似てるな。これならいけそうだ」
「……何がですか」
そのままぐいっと手首を掴まれ、モデルの控室らしい事務所内にずらりと並ぶ個室の一部屋へと連れ込まれた。
「なっ何をするんですか。一体ここで」
「動くなよ、待っていろ」
六畳ほどの部屋には俺しかいなくて、大きなメイク用の鏡の前に座らされてしまった。溜息交じりに鏡を見つめると、鏡の中の自分と目が合った。
「あっ……」
まるでそこには涼がいるようだった。自分でも一瞬錯覚してしまう程だ。俺の方が10歳も年上なのに、なんでこんなに似ているのか。こんなにも双子のように似ている顔が災いを招かないか心配だ。俺の悪い運が涼をも侵食していくようで、居たたまれない。涼に迷惑だけはかけられない。再びそのことを胸に誓う。今から何が起きるか分からないが耐えられる範囲のことだったら、素直に受け入れるつもりだ。
「待たせたな」
再び現れた陸さんはもう一人男性を連れて来ていた。その男性はいかにも業界人といった風貌で、手にはメイク道具のようなものを持っていた。
「わぉ~! これは驚くな。この男の子本当に涼くんじゃないの? 」
「あぁ、涼は昨日怪我したの、あんたもその目で見ただろ」
「あぁまぁそうだけど……あんまりにも似ているからさ。もしかして双子なの? 」
「まぁ似たようなもんだ。で、使えそうか」
「うん! これなら大丈夫そう!メイクし甲斐があるね」
「そうか、よし、涼にそっくりに頼むぜ」
頭上で交わされる会話に、頭が付いて行かない。
「あの……俺に何を? 」
「サイガヨウ、お前は今日、涼の身代わりになれ」
「えっ」
「出来るよな。お前なら俺のために」
有無を言わせない強い口調だった。なんで涼の身代わりなんて……それってモデルをやれってことなのか。そんなの無理だっ! 十歳も歳が違うしプロが見たらすぐに分かってしまう。それにそんなの涼が納得しないだろう。
心の中には反抗的な言葉がいくらでも浮かんでくるのに、それを口にする勇気がなかった。陸さんの冷ややかな目が躰中に突き刺さって、余計なことを言えない雰囲気だった。
陸さんが何故それを望むのか分からないが、受け入れないといけないことの一つならば仕方がないのか……俺は観念するように頷いた。
「……分かった」
「よーっし、じゃあ腕を振るうからね~しっかし、君、本当に綺麗ねぇ。この肌にこの唇の色、涼くんよりもさらに色香がある感じ。これってまずい位だね。ゾクゾクするよっ」
能天気なメイクさんの軽々しい声だけが、白々しく部屋に響いていた。
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