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隠し事 3
「陸……よく聞いてくれ。サイガヨウは確かに陸のお父さんを奪った人の息子だったし、陸の存在すら知らないで生きて来た憎い奴かもしれないが、でもお前を助けてくれた涼くんの従兄弟でもあって……」
「空、もうそれ以上言うな」
「やめよう。そんな恐ろしいこと……僕は賛同できない。なっ彼は違ったんだよ。僕は雑誌の編集者として様々な人を見て来ているから感じるんだ。彼は陸と俺が想像して来たような、父親の愛を独り占めしてきた我が儘で甘やかされた感じじゃなかった」
「そんなことはどうでもいい! 何度も何度もしつこいんだよっ。サイガヨウはサイガタカシの息子だっていう事実は変わらないじゃないか。もう帰ってくれっ、空だけは分かってくれると思ったのに、お前も結局皆と同じだったってことだな」
「陸……違う……違うんだ。僕はただ陸のことが……」
「いいからさっさと帰れよ! これ以上、俺がすることに文句言うな。間違っても涼に告げ口なんてするな、許さないからな」
あの日せっかく心配して来てくれた空と口論になり、追い返してしまった。ずっと小学校の時から俺の傍にいてくれた空をキツイ言葉で傷つけてしまったことを後悔していた。
だが俺はずっと必死だった。父親がいないということで母が肩身の狭い思いをしないように、中学にあがってからは前向きに頑張って来た。少し離れた中学へ進んだおかげで、俺のことを知っているのは空以外にいない環境だった。小学校の時のように途中で苗字が変わったことにより、揶揄われたり後ろ指を指されることもなかった。
今振り返れば、中学の時は優等生だったと思う。もしかしたら、それを演じていたのかもしれないが……サッカーの部活動に夢中になり、やるせない感情を存分に発散する場もあった。
父がいないからって負けたりしない。
俺がしっかり真っすぐ生きていれば、いつかまた父が戻って来てくれるかもしれない。そんな甘い期待が何処かにあったのだ。
あの日見かけた線の細いひょろひょろした奴よりも、俺の方が父に似ていて逞しい。そういう自負もあったんだ。母と二人で品行方正に待っていれば、いつか戻ってきてくれるかもしれない。そんな父への希望と恨みという両極端の感情を抱いて生きて来た。
失われたものへの憧憬を抱き過ごしていた思春期だった。
ところが、そんな生活が一気に壊される出来事があった。
あれは高校2年生の時だ。家のポストに宛先不明で戻って来た分厚い封筒が入っていた。不審に思って手に取ると、差出人は母だった。裏返せば宛先は、サイガタカシとなっていた。
「なんだ? これ」
別れてから母が父とこんな風に連絡を取っていたなんて、俺は知らなかった。父からの手紙を受け取ったことはないから、母がただ一方的に送っていただけなのかもしれないが。
家に入る前に、封を切り中身を確かめた。
「あっ……」
その途端、足元に滑り落ちたのは10枚程の写真だった。手に取って確かめると、すべて最近の俺だった。
なんだこれ……俺の写真ばかりじゃないか。
その頃の俺は高校でもサッカー部で頑張っていた。そのユニフォーム姿のものや学生服姿のもの。すべて高2になってからのものばかりだった。もしかして母は、こうやってずっと俺の成長を一方的に父に送り付けていたのか。じゃあ父は今の俺の姿を知っているのに、一度も会いに来てくれないということなのか。
突然何かが脆く崩れていくような音がした。今までいつか会う日のために頑張ってきたことが、急に虚しくなった。
だってそうだろう。宛名不在で戻って来た手紙がすべてを物語っているじゃないか。母がどんなに父を思っても、父の方は引っ越し先すら知らせないような薄情な人間だということに、無性に腹が立った。
悔しい……見返してやりたい。
その瞬間、今まで母のため父のために真面目にやってきたことが、猛烈に馬鹿馬鹿しくなった。そのことをきっかけに俺はサッカー部を突然やめて、放課後は渋谷などの繁華街に出かけ遊びだした。母ともあまり口を聞かなくなってしまった。いつまでもいつまでも自分を捨てた父を想い続ける母が哀れにすら思えた。そんな時だったんだ。街でモデルにスカウトされた。真面目な生活に飽き飽きしていた俺は、躊躇いもせず芸能界に足を踏み入れた。
有名になって父を見返してやりたい。ただそれだけの恨みで……母の一言も俺を後押しした。
「陸は本当に……お父さんにどんどん似てくるのね」
****
「陸さんどうしたの?ぼんやりして。ほら見てみて、すっごく綺麗に出来たでしょう? 彼って男でも惚れちゃうほどの美形だね。本当に整った色気のある憂い顔でうっとりしたよ~あー楽しかった!」
「ふんっ」
サイガヨウを呼び出し涼に似せるように、遊び友達に頼んだのだった。その綺麗な顔は、父を惑わしたお前の母親、俺の母を追いやった女に似ているんだろう。
とにかくやっと見つけ出したサイガヨウに、彼が一番嫌がりそうなことをしてやりたかった。その穢れなき綺麗な顔を歪ませて……苦しませてやりたい。そうすれば少しは俺の気持ちが楽になると思っているからな。
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