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隠し事 5

「ここから先、お前は『モデルの涼』だ。分かったな。さぁ入れ」 「あっ」  陸さんにドンっと背中を押され『貸しスタジオ・S』と表示のついたドアの中に放り込まれてしまった。中はコンクリート剥き出しの壁に囲まれたシンプルな作りになっていて、中央の作業台で写真を眺めていた男が、俺たちに気が付いてこちらを振り返った。 「よぉ! Soil遅かったな」 「あぁこいつの仕度に手間取った」 「おっ涼くんだ! 本当に連れて来れたんだな。いやぁ信じられないな。お前から連絡もらって半信半疑だったよ。本当に撮っていいのか」 「あぁもちろんだ。同じ事務所のよしみで今日は特別につきあってくれるってさ。なぁ涼」 「あ……」  有無を言わせぬ同意を求める声に、無言で頷くしかなかった。  そこは本当にスタジオのようで、陸さんと話す相手は首から大きなカメラを下げていた。 三十代後半だろうか、年上のような感じだ。それにしても彼は、本当にカメラマンなんだろうか。俺は疎くて何も分からない。そしてこの状況が何を意味しているのかも。 「あぁ信じられないな。憧れの涼くんを個人的に撮影できるなんて」 「好きにしていいぜ、今日はこいつオフで、プライベートだし」 「本当? じゃあじゃあ早速撮ろうか。しかし本当に綺麗な子で、美味しそうだ」  男は俺の頭から足先までを舐めるようにじっと見てから、べろりと舌なめずりをした。そう様子がひどく興奮しているようで身震いした。 「おっと手は出すなよ。お前の悪い癖は今日はお預けだ。撮影時間は一時間。涼をどんなポーズにしてもいいが、直に触れるなよ。今日はそれが約束だ」 「えーなんだよ? ははっ! お預けくらうのか」  カメラマンは不満そうな声をあげた。 「涼、カメラマンの林だ。そこそこ業界で売れているくせに変な趣味があってな。お前のこと個人的に撮影したいってさ。今日は特別に付き合ってやれよ」 「え……」  陸さんの方から触れるなと言ってもらえたのは嬉しいが、撮影の内容は一体? 思わず眉をひそめてしまった。 「今日は触れさせないが、次は……わからないぞ。お前のことは、じわじわと苦しめてやる」  陸さんからの悪意に満ちた声に震えてしまった。 「まぁいいよ。滅多にない機会だもんな。デビューしたての売れっ子モデルのセミヌード一番乗りって。涼くんの写真を雑誌で見てぜひ撮りたいってウズウズしてたよ。Soilに頼んだ甲斐あったな~」  セミヌード? その言葉に躰が反応して、緊張が走った。 「さぁじゃあ涼くん、こっちに来て。わぉ! 生で見るのは初めてだけど、思ったより大人っぽいんだね。それに色っぽいんだねぇ」  耳元でねちねちと囁かれるように言われ嫌悪感が募っていく。だが涼の代わりにモデルをやるといったのも俺だし、彼は本当にカメラマンで、これは撮影だ。そう必死に自分を納得させた。 「じゃあまずそのジャケットと帽子脱いで、こっちに来て。soilが商品に手を出すなっていうから、触れられないのが残念だな。それから自分でセーターを脱いで中央に立ってもらえる?」  指示通りにジャケット、帽子、セーターを脱いでから、指示された眩しい照明があたる場所に立った。 「よっし、じゃあ撮って行くから、自分でシャツのボタンをゆっくり外して」 「えっ……」  突然の指示に戸惑っていると、Soilさんの鼻で笑う楽しそうな声が聞こえて来た。 「くっくっいい気味だ。自分から脱ぐんだもんな。さぁ涼、約束だ。外せよ」  自分から見ず知らずの人とsoilさんの前でいきなりシャツを脱ぐ……それだけのことだが、二人の視線が絡みつくようで羞恥心が芽生えてしまう。 「涼くん、初心だねぇ~ モデルだったらこの位の事は潔く出来ないと駄目だよ」 「……」  そうだ。モデルだったら……この位。  観念して、シャツのボタンを全部外していった。その様子をパシャパシャと撮影されていくので手が震えてしまう。そこからの指示はモデルなんてしたことがない俺にとって屈辱の連続だった。 「んっいいね。じゃあそのままどんどん撮って行くから、指示通り動いてね」 「シャツの裾を両手で持って、左右にはだけさせて」 「そうだね、右の乳首が見えるぎりぎりまで自分で開いて見せて」 「わぉ~涼くんのチクビいい色だなぁ、女の子みたいに綺麗な桜色で、ぷっくりしてそそられる~よーしアップで撮っておこう」 「次は半分だけ肩を出して。あぁ色白いんだ。柔肌って感じでそそられんなぁ」  指示のたびに手が震えて止まってしまう。卑猥な言葉で攻められているようで、触れられたわけでもないのに悲しくてしょうがない。    もう嫌だ……本当にこれが償いになるのか。  こんなことをさせられる理由が分からなくなってきて、陸さんを探すと、彼は壁にもたれてニヤニヤと俺の様子を見ていた。 「涼、この位でもう泣き言か。モデルの仕事を馬鹿にすんじゃねえよっ! まぁお前の場合、母親みたいにその色気でなりふり構わず誘うのが似合ってるけどな。さぁストリップ続けろよ」 「ははっSoilも随分煽るね。こんな初心な子、俺は逆に新鮮だよ。この位のポーズで顔を赤くしちゃって、苛め甲斐あるな」 「なかなかいいだろコイツ。ほら林も、もっと楽しめよ。時間なくなるぜ」  助けは来ない。  直接触れられたり酷いことをされているわけでもないのに……卑猥な言葉で煽られ、まるで自ら男を誘う様な行動をしていくのが、ひどく悲しく情けない。  俺は、ただこの時間が過ぎ去るのを待つのみなのか。

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