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隠し事 6
途中までは恥ずかしかったし酷く惨めな気持ちだった。だが陸さんに煽られれば煽られるほど、このまま言いなりになって良いものかと疑問がふつふつと沸いて来た。
そうだ、このままじゃ駄目だ。これは間違っている。どんな理由があるにせよ涼の代わりに受けた仕事だ。涼だったらこんな感情でカメラの前に立たないだろう。どんな内容でも仕事は仕事だ。そう割り切らないといけない。
このまま俺が恥ずかしがっているだけでは、太陽のように輝く俺の大切な従兄弟の涼に迷惑がかかってしまう。
そう思うと急に肝が据わり、まっすぐにカメラの方を向くことが出来た。
さっきまでの恥ずかしく消え入りたい気持ちが嘘のように消え、まるで自分が自分でないみたいな別人格が入り込んで来たような不思議な感覚になって来た。
俺に向けられたカメラを真正面から見据え、煽るように……誘うように……
「おっ涼くん、ノッてきたね~いい眼だ!」
遠い昔の記憶に誘われるように躰が自然に動いていく。そうだ……今なら頭の中で、鮮やかにその姿をイメージできる。
俺は遠い昔、宮中で舞ったのだ。だからこの位のことで焦るな、恐れなくてもよい。帝の御祝いの席で、名だたる貴族たちがじっと見守る中、丈の中将と二人で『青海波』を舞った。桜吹雪の舞う中、二人で息をそろえ、流れるように舞った凛とした姿が浮かんでくる。
(なんと美しい。洋月の君も丈の中将も……この世のものと思えないほどだ)
そうお褒めいただいた。
それから次は鎧をつけ剣を持った姿が浮かんで来た。少年のような王様の前で、所望されるがままに舞った。それは勇ましい鎧を身に着けた剣の舞だった。王宮の大広間で誰もがその勇者ぶりに溜息をついたものだ。そして視線の先はいつもジョウがいた。
「すごいっ! なんだこれ!」
カメラマンの男性の感嘆の声が遠くに聴こえるほど、我を忘れ夢中でポーズを取っていた。
もう羞恥心も悲しさも情けない気持ちも、すべて吹っ飛んでいた。
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なんだ……これは!
不慣れなモデルの仕事をやらせて恥ずかしい思いをさせ、その凛とした澄ました顔をぐちゃぐちゃに泣かせてやろうと思っていたのに。こんな姿見せるなんて、サイガヨウ……お前は一体。こっちが上手だったはずなのに……こんなはずでは。
最初は恥ずかしがってカメラマンに煽られて涙目だったくせに、今、俺の前でまるで踊るようにポーズを次々と変えていくサイガヨウは悔しいことに見惚れてしまう程だった。
ジーンズのボタンを外し、白いシャツをはだけさせて、滑らかな素肌をちらつかせながら煽るような誘うような、その肢体に思わず息を呑んでしまった。
綺麗だ。すごく……
ポカンとした間抜けな表情だったかもしれない。カメラマンの林が目の前に立つまで気が付かないなんて。
「おーい、Soilどーした? もしかしてお前まで見惚れていた?」
「いやっ何でもない。もうおしまいか? 」
「あぁすべて撮った。凄く良かったよ。でも彼は涼くんじゃないよね? 一体誰だ?」
「えっ……なんで分かった?」
「おいおい馬鹿にしてもらったら困るよ。お互いプロだろ。どんなに似ていても雰囲気で分かる。でも涼くん以上の逸材かもな。最初はおどおどしていたから、つい言葉で煽ってしまったが、途中からすごかった。なにか乗り移ったかのようにカメラ映えし出して、圧巻だったよ。なぁ一体誰だ? 紹介しろよ。俺が直にスカウトしたいよ」
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