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解きたい 5

「わっ! 洋っごめん」  洋が着ていた上着に派手にビールが飛び散ってしまったので、俺は慌ててハンカチを取り出して上着を拭いた。ゴシゴシっと擦るように手を動かしていると、洋は突然、真っ赤な顔で躰をプルプルと震わせた。 「あ……安志っ、へっ変なとこ触るなっ」 「えっ? 」  叫ぶように洋に言われたので不思議に思いながらも、洋の手によって制止させられた自分の手の位置を見ると、ちょうど洋の胸の上だった。  布越しに感じる小さな微かな突起。  うぉ!これって……もしかして……洋のち…くび……なのかっ! 「うわっ!」  俺の方も慌てて手を離すと、ハンカチが足元にぽとりと落ちてしまった。慌てて拾おうとしゃがむと、丈さんの低く冷たい声が上からした。  まずい…… 「……安志くんは迂闊だな」 「はっはは……ごめん。洋」 「俺……トイレに行って洗ってくる」  洋は胸元を押さえ、きゅっと唇を噛みしめたままトイレに行ってしまった。  洋の奴、あの位の刺激であんになるなんて……本当に丈さんに愛されているんだな。そんなことをつい考えてしまった。 「……安志くんは、余計なことは考えなくていい」 「あっはい」 「それから、私に何か言いたいことがあるんじゃないか」 「え? あっはい、すいませんっ本当に……洋を刺激しちゃって……」  頭を下げて謝罪すると、丈さんが苦笑いしていた。 「まぁもういいよ。でも君を驚かせてしまったな。アメリカ行きのことなんだが……実は私も不安だ。空くんが一緒で撮影旅行に同行という形だが、洋のことだからまた何か変なことに巻き込まれないといいが」 「ですよね。俺も心配ですよ。一緒に行きたい位だ! あーでもその時期は日本での仕事が詰まってるしなぁ。それに陸さんという人は本当に大丈夫ですか。洋にあの時キスした奴ですよ!」 「……確かにそうだな。本当に彼があの洋のお義父さんの息子だとは」 「そうか……丈さんはアメリカで洋のお義父さんには会ったことがあるのですよね」 「あぁ一応、私も共に……和解というか、もう今後関わらないようにするような別れ方をしてきたな。今回は洋が完全に『崔加』の姓から離れるためにも、陸さんと一緒に行った方がいいとは思うのだが、どうにも不安だ。空さんにはよく頼んでおくよ。彼は信頼できそうだからな」 「そうですね……何もないといいけれども」 ****  トイレに駆け込んで、鏡に映る自分の火照った顔を見つめた。  はぁ……まったく安志の奴は、昔からそそっかしい。よくあいつの家でジュースを飲んでいてもひとりで溢して、絨毯をびちゃびちゃにして、おばさんに叱られていたっけ。  まだざわついている胸元を、そっと自分の手でなぞった。  まずい……目立つかな……全く丈がいつもここをしつこい程愛撫するからいけないんだ。あんなちょっとのことで尖ってしまって、本当に恥ずかしいよ。  安志に気づかれなかっただろうか。俺の躰がこんなに過敏になってしまっていること。後悔しているわけじゃないのに、安志に知られるのはやっぱり少し恥ずかしい。きっとお互い小さい頃からの成長を知りすぎているからだろう。そして今、安志は涼を抱いているから。  なんだかいろんなことがごちゃ混ぜになって恥ずかしくてしかたがなかった。  それにしてもあんなに驚くなんて……  アメリカ行きのこと、丈も安志も心配している。  本当にそれがひしひしと伝わってきていた。  心配かけてしまうことは分かっているが、夏前までに義父のところへ行って、離籍の署名をもらいたかった。義父がすんなり受け入れてくれるか分からない。でも本当の息子……本当に義父が愛すべき息子とこうして出会ったのも縁なら、今こういう展開になっているのもそうなるべき道のはずだ。  それを信じて、丈を残し、アメリカに行ってくるよ。  きっと大丈夫。そう信じている。  解きたいから──  この手で絡まった糸を元通りに真っすぐに。 「行ってきます」 第7章 完 **** こんにちは、志生帆 海です。いつも読んでくださってありがとうございます。いつもリアクションありがとうございます。嬉しいです。第7章がとても長くなってしまったので、アメリカに行く前迄で一旦区切らせていただきます。さて陸さんと洋のアメリカへの旅。どうなることやら……私も不安ですが。また次の章でお会いしましょう!

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