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第8章 プロローグ

 早朝の北鎌倉の駅のホームには、清々しい新緑の風が吹き抜けていた。  少しひんやりとした澄んだ空気は、眠気を覚ますのにちょうど良かった。  洋はまるであの日テラスハウスに突然現れた時のように大きなスーツケースを押しながら、私の横に並んでホームを歩いている。  懐かしい姿だ。あれからもう5年以上の月日が流れたのか……  あの日はテラスハウスに入って来た洋の顔をろくに見ずに応対したのに、今はアメリカへ旅立つ洋のことが名残惜しくて、その相変わらず儚げで美しい横顔に見入っている。  本当に私たちの間には、あの日から数多くの出来事があった。  良いことも悪いことも、それを共に乗り越えて来た。  これから洋が旅立つ先で待っていることが、最後の関門なのだろうか。 「本当にここでいいのか。空港まで送ってやるのに」 「いや……ここでいい。この駅のホームで丈に見送って欲しい。ここが戻って来た時に、俺の場所になるのだから」 「そうか……分かった。気を付けて行って来い。帰国したらすぐに入籍しよう」  洋は入籍という言葉に、はっとしたように目を見開き、そして少しだけ恥ずかしそうに頬を染めた。それから真っすぐに私の方を見つめ、凛とした様子で、やってきた電車に乗り込んだ。 「丈、ありがとう。俺はすぐにまた、この北鎌倉に戻って来るから、待っていてくれ」  気を付けて  無事に……  無茶するな。  そんな案じる言葉よりも今は 「待っている」  だたそれだけを伝えたかった。  朝日がキラキラと眩しい中、遠のいていく電車が見えなくなるまでホームで見送った。旅立ちの朝、見送る朝は静かに過ぎていく。 「洋、頑張って来い。待っている」  もう一度心の中で、確かめるように呟いた。

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