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交差の時 10
JAPANー
「あ……もしもしお母さん。洋兄さんに無事に会えた? うん……えっそうなんだ! 良かった! それであれは忘れてない? そうそうお母さんのチキンパイ絶対食べさせてあげてね。きっと喜ぶと思うよ。大好物だって言ってたから。うん分かってるって。ちゃんとやっているよ。大丈夫。じゃあまた。お父さんにもよろしく」
シャワーを浴び涼の部屋に行くと誰かと電話中だったので、少しの間部屋に入るのをやめて、終わるのを待った。
ニコニコと可愛い笑顔で話している相手は、どうやら母親のようだった。電話を終えた涼がなんだか上機嫌にしている様子が可愛くて仕方がない。
トントンー
部屋のドアを軽くノックしてから入った。
「あっ安志さん!」
「お母さんと電話か」
「うんそうなんだ。実は洋兄さんがニューヨークに行っていること、やっぱり僕の方から伝えておこうと思ってこの前電話しておいたんだ」
「そうか! それは安心だな。ありがとうな」
「そうしたらね、お母さんってば今日洋兄さんのホテルにまで押しかけて、僕の家に連れて来たんだって、強引だろ? ふふっ」
「へぇじゃあ洋は今、涼の実家に泊まっているのか」
「うん、なんだか洋兄さん一人でホテルに泊まるのってなんか心配じゃない? 」
「ははっ確かに」
「僕の家なら父もいるし、なにより強い母がいるから安心だよ。本当に良かったよ」
「そうだな」
確かにそうだ。洋は「もう大丈夫だ。強くなった」と最近よく言うが……俺から見たら、まだまだ危なっかしい。その繊細な憂いを帯びた瞳は、望まない余計なものを招きそうで怖いし、男にしては細い腰も危険でしょうがない。
俺は仕事柄……ボディガードもしているから、危なっかしい奴のことが相変わらず気になってしまうのか。
「安志さん……何考えているの? 」
「あっいや、そのチキンパイって何のことだ? さっき電話でなんか話していただろう」
「あっそれね、以前一緒にファミレスでチキンパイを頼んだら、洋兄さんがなんだか悲し気な顔をしていたから、尋ねたことがあったんだよ」
「へぇなんでだ?」
「うん、聞いたらね、洋兄さんのお母さんが良く作ってくれたらしいんだ。でもファミレスのチキンパイの味とは全然違ったらしくて、懐かしいって言っていたから」
「あーあれか、なんかマグカップにパイが乗ってるやつのことか? 」
「そうそう!正確には『チキンのクリームシチューパイ包み焼き』っていうんだよ」
そこまで言われて、はっと思い出した。あれか!
「あぁそれなら洋の誕生日会で出て来たぞ」
「誕生日会かぁ。きっと洋兄さんのお母さんの得意料理だったのだろうね」
「洋は寒い二月生まれだったから、熱々のチキンパイが美味しくってな」
「さすが食いしん坊な安志さんだね、ふふっ」
ぺろっと舌を出して笑う涼の姿を見ていたら、なんだか猛烈に腹が空いてきてしまった。
「涼、そろそろいいか」
「……うん」
すでに先にシャワーを浴びて、パジャマ姿の涼を抱き寄せる。
少し濡れている栗毛色の艶やかな髪からは、シトラス系のシャンプーの匂いが立ち込める。まだ少年の面影が残る洋に似て細い腰をきゅっと抱きよせると、躰から俺と同じボディソープの香りが漂ってくる。濡れて額に貼りついている前髪を少し指先でどけると、綺麗な形の眉、そして長い睫毛が現れる。その額に優しくキスをする。
「んっ」
指先で額に触れて先日の傷跡を見ると、もう目を凝らさないと分からないレベルになっていたのでほっとした。
「もう傷目立たないな」
「本当? 良かった」
ほっとした表情を浮かべる涼をそのままベッドへ押し倒すと、少し恥ずかしそうに、でも誘うようにも涼が微笑んだ。
「いいか……今日抱いても?」
「うん、明日は撮影ないし……大学も二限からだから十時頃家を出ればいいんだ。だから……」
「そうか! いいこと聞いたな!」
本当に可愛い恋人だ。可愛くて大切にしたくて、でも我慢できなくて……どうしようもない気持ちに俺をさせてくれるんだ。涼はいつだって、俺を幸せで満たしてくれる存在だ。
洋がどんどん前に進んでいく。
俺もそんな洋を見習って、涼とのこと真剣に考えているよ。
まだ若い涼に、この先のことも…ずっと先のことも求めて願ってもいいのか。
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