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交差の時 11

 N.Y.ー 「辰起くん、今日は荒れてんな」 「ちょっと嫌なことがあったんだ。ねぇ林さん、お酒もうないの? 」 「もう冷蔵庫の中は空っぽだぞ。ちょっと飲み過ぎじゃないか」 「いいんだ。ねぇ上の階のバーに行ってもっと飲もうよ」  撮影の後、僕の客室でカメラマンの林さんと飲んだ。むしゃくしゃとした気持ちが収まらなくて僕から部屋に誘った。  Soilさんは完全にあの洋という奴のことを庇っていた。昨日も今日も、それを感じた。日本では涼のこと甘やかして、本当にこれがあのSoilさんかと思うほどだった。  それにしても……一体何だよ。あの顔は!  整形した僕の顔とは全く違う。自然な美しさ。持って生まれた品。  勝てない……どうあがいても勝てない。  この躰をどんなに売っても……敵わない。それを悟るのに時間はかからなかった。  だが僕は負けるわけにいかない。  勝てないなら引きずりおろせばいい。そう考えるのが当然だ。そうやって生きて来たのだから。  宿泊しているホテルの最上階には、マンハッタンの夜景を見下ろせるバーがあると、マネージャーから教えてもらって興味があった。 「着いたよ。入ってみよう」  照明を落とし、静かにピアノの生演奏が流れるバーに足を踏み入れると、そこはまるで天高く浮く宇宙船のように、眼下に摩天楼の夜景を従えていた。 「へぇカッコいいな」 「辰起くん、カウンターでいいか」 「うん」  林さんとはもう何度か寝たことがある。彼は美形好きのゲイで、僕は仕事が欲しいから、お互いの利害は一致していた。 「なぁ辰起くんさ、今日はこの後もOKか」 「……そうだね。どうしようかなぁ」 「じらすなよ。もしかして何かまたして欲しいことがあるのか」 「ふふっそうだね」  鮮やかな青色のブルーラグーンのカクテルを一口飲んでから、唇の周りをぺろりと舐めて、意図的に林さんを見つめた。 「その口、誘ってるな」  林さんに肩を抱き寄せられた。その手が熱を帯びて来ているのが布越しにも伝わって来る。 「ちょっとぉ、ここでは駄目だよ」  グラスを傾けながら、じらしていく。しかしその時、視界の端に憎き奴を見つけてしまった。 「あいつ……」  驚いたことに、涼の従兄弟の洋が奥のテーブル席に座っていた。 「あいつこんなとこに泊まっていたのか。自分のホテルにいないと思ったら」 「何? 誰かいた? あっあれ洋くんだ」 「知ってるの? 」 「うんまぁね、一度Soilに頼まれて撮影したことがあってさぁ」  林さんは口に手をあてて、しまったという表情を浮かべた。 「撮影って? 」  肩に回されていた林さんの腕を僕の腰へとゆっくり誘導し、甘ったるい甘えた声を出して耳元で囁いてやる。 「なあに? 僕にも話して欲しいな」 「あっこれはここだけの話だけど……Soilが最初涼くんだっていって連れて来たのが彼でさ。もちろんすぐに他人だって分かったけど。何を撮ってもいいってSoilが了承済みだっていうからさー本当はヌードを撮りたかったのに、残念ながら上半身のみで終わっちゃってさ。でも、彼はすごい色気と迫力で、撮っていて思わず手が震えたよ。あぁこうやって見ているとまた疼くな~全裸で撮りたいな~」 「……そう」  うっとりと話す林さんを見ていると、反吐が出るほどイライラした。そういえば昨日、すでに林さんも洋のことを知っていて、最初渋っていた監督に洋のことを擁護していたんだっけ。林さんまで奪われたような気がしてしまった。  もう一度恨みをこめた目で洋のことを見た。  それにしても品の良さそうな中年の男女に挟まれて、あんなに幸せそうな笑顔を浮かべてムカツクやつだ。あれは両親だろうか。涼からも感じたが裕福に何の苦労も知らずにぬくぬくと育った奴。そんな生ぬるい奴が僕は大っ嫌いだ。 「ねぇ林さんさ、もしも機会があったら……彼をヌードで撮りたい? 」 「あっまた辰起、なにか悪いこと考えているのか」 「ふふっ悪いことなんかじゃないよ。同意の上ならどう?」 「犯罪は嫌だけど、撮らせてくれるなら、そりゃぁ撮ってみたいよ。頼めるのか。辰起?」 「くくっ必死な顔だね。いいよ」  カウンターから洋の様子を盗み見していると、突然彼が立ち上がってパウダールームへ向かっていくのが見えた。  チャンスだ。 「ちょっと待っていて」  僕も急ぎ足で、あいつの後を追った。

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