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光の破片 1
「おいっ」
「なんですか」
「お前、俺が怖くないのか」
「……陸さん、それは……」
それきり洋は黙りこくってしまった。思い切って車の中で尋ねてみたが、お互い消化できないものを抱えているのは同じだ。
洋……それでも進まなくちゃいけないのか。今日父に会わないと駄目なのか。
今日じゃなく別の日にしよう。何度もそう喉まで出かかった言葉を呑み込んだ。
洋の思いつめた横顔。確かに今日を逃したら、次に二人揃ってアメリカに来られるのは、いつになるか分からない。
洋と俺は皮肉な運命だ。
俺は息子の座を奪った洋を幼い頃からずっと憎んでいた。だからあの日地下のスタジオで、本当は俺は洋を犯すつもりだった。長年の恨みが募っていたせいで、男に犯されるようなありえないことが怒れば、あいつが一番傷つくと思っていた。そしてそれをカメラマンに撮らせて、今後の脅す材料にしようとさえ思っていた。まったく酷い話だよな。
血は争えないのか……あの日、あんなにも洋を滅茶苦茶にしたくて止まらなかった沸き起こる妖しい気持ちは、今でも熱く思い出すことがある。洋があの時カメラの前で、あんなに気高く堂々と振る舞わなければ、そのまま実行していたかもしれない。
あの時の洋は何かが乗り移ったかのように、手を触れてはいけない禁断の存在に突然生まれ変わった。そして禁断への憧れは……心惹かれる存在へと変化した。
だから俺の洋に対する気持ちも、滅茶苦茶にしてやりたい恨みから、手を触れたくても触れられない憧れのようなものに変わったんだ。
だが今日、その芽生えた気持ちは永遠に闇に葬ることになった。何故って……俺が洋を犯した奴の血を引き継いだ人間だからだ。
父は過ちを犯した。
償わないといけないのは、息子である俺も同じだ。立場が逆転したというわけさ。憎む立場から憎まれる立場に……
「陸さん……あの…」
「なんだ? 」
「もうすべて過ぎ去ったことだから、さっきは動転して、すいません」
「……俺の顔は……そんなに父に似ているのか」
「……それは」
「はっきり言えよ。見間違えるほどか。お前を犯した奴と俺は同じかっ」
とうとう言ってしまった。さっきからもやもやとしたこの気持ち。はっと……洋も青ざめた。
「陸さん……お願いだ、もうやめてください。あなたは関係ない」
「関係あるだろっ! 顔も似てる。血もつながってる! それ以上何があるっていうんだよっ」
俺の方もむしゃくしゃして、つい強い口調で洋にあたってしまう。その時車が急に停止し、運転していたKaiという青年がこちらを振り向いた。
「おいっお前っ! それ以上洋と口を聞くな! 」
「なんだと?俺は…」
「Kaiっいいんだ。陸さんは今……動揺しているから」
「洋、お前お人好しだ。お前はそいつを責める立場だろう」
「いや、そうじゃない。そうじゃないよ。俺は一緒に来て欲しい。義父のところに一緒に行って欲しいから」
そんなの詭弁だ! どうやっても消えない事実なのに。
「なんでだよ? 何故そこに拘る? 」
「俺にもよく分からない。でも、とにかくもう時間がないんだ。早く義父のもとに行って事を進めないと駄目だ」
「なんでそんなに焦ってる? 」
「……それは……光が届かなくなる前に戻らないと」
意味不明の答えだった。だがさっきからずっと確かに感じている。車ごと光によって押し進められているようなこの高揚感。
あぁそうか。さっき洋を守る様に立っていた人物から発せられていた光なのか、これって。
力強く気高い光線は真っすぐに洋を推し進めていくってわけか。
行くしかないのか……そうか。行くならばせめて俺なりの償いをさせて欲しい。お前が今すぐにでもこのしがらみから解放して欲しいと願うのならば、俺にできることは、その手助けというわけか。
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