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光線 11
「陸、一体どうしたんだよ、何をそんなに落ち込んでいる? 」
「空っ、俺は……独りよがりだった」
「もしかして泣いているの? 洋くんと何かあったのか」
「泣いてなんかないっ」
だが……今は泣きたい位……悔しい!
何も知らない俺が浅はかにしたことが!
こんな俺なのに、優しく労わる様に聞いてくれる空。
俺はずっとすぐ傍にこんな優しく見守ってくれる空がいるのに、一人で勝手に怒って恨んで、空にも一緒に恨んで欲しいとさえ願っていた。
洋のこと……空には話せないよ。
まさか俺がずっと恨んでいたあいつが、俺の父に性的に犯されていたなんて。父さん……何故そんなことを。それは立派な犯罪だ。それは絶対に許されることではない。
なのにどうして洋はこんな風に、また父に会いに行けるのだろうか。いくら戸籍のためとはいえ、もしも俺がその立場だったら絶対にそんなことは出来ない。
「あっ洋くんが来たよ」
「えっ」
なんだって……あんなことがあったのに予定通り行くつもりなのか。
こんな俺と共に……
信じられない思いで振り返ると、本当にこっちに向かって真っすぐに洋が歩み寄って来ていた。
「うっ……何故だ」
どうしてそんな清々しい顔が出来るんだよ。今さっきだぞ……辰起によって怖い目に遭わされて、あんな姿にされたのに、どうして……躰は傷ついてないのか。本当に何もなかったのか。
「あれ? あの後からついてくる男性は誰だろう? 」
洋を守るように後ろに立っているのは、間違いない。さっき俺に加勢してくれ、あの部屋に入って来た男性だ。
長身の頼もしい若者だ。清々しい雰囲気を持っていて……そうだ。どことなく涼の大事なあの安志という奴に似ている。洋も知っているのだろう、ちらっと後ろを振り返り、大丈夫だ……そう言ったような気がする。男性の方は、洋のことを必死で心配しているように見えた。
「陸さん……遅くなって悪かった」
「お前っなんで……来るんだよっ! 来れるんだよっ!」
「だって約束したじゃないか、今日行くって」
「だが……お前はさっきあんな……それに俺は、お前の」
「陸さんっ」
黙って!
洋は気まずそうな表情を浮かべていた。
空にはこれ以上知られたくないのか、確かにホテルのロビーで揉める話じゃない。
「洋くん、遅かったね、何かあったの? 」
空が心配そうに話しかけると、まただ……洋は、あの花のような優しい微笑みを浮かべ軽く首を振った。
「空さんすみません。心配かけてしまって。荷物に手間取ったのと……Kaiが来たから」
「Kai?」
「あっはじめまして。ソウルで洋の同僚だったKaiといいます。えっと今日の俺のこれからの役目は運転手? かな」
「うん、そう。陸さん、Kaiが運転してくれるからもう行こう。義父との約束に遅れてしまうから」
「えっ……ああ。だが」
ポンと背中を押された。それは空の優しい手だった。
「陸、行っておいでよ。何かあったとしても、何があっても……僕は君から離れないから大丈夫だ」
空に……意味深なことを言われた。本当にこんな俺が行ってもいいのだろうか。さっきからまるで何か大きなものから背中を押されているようだ。
まっすぐに伸びた光線。
何があろうと………その道から降りることは許されない。
光線の指し示す先に待つものを、しっかりと受け止めないといけない。
「わかった。行ってくる」
『光線』 了
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