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陸編 『陸と空の鼓動』1
ジョン・F・ケネディー空港 には、人々の往来が激しくなっていた。大きな窓の先を、洋を乗せた飛行機が夕焼けの中に消えていくまで、俺はじっと見つめていた。
「無事に帰れよ」
飛行機の姿が完全に視界から消えた瞬間、先ほどまでの怒涛の出来事がすべて洗い流されたかのように、俺の心はすっきりとした。
これで良かった。
この判断で間違えていない。
そう確信を持っていた。
空港まで車を運転してくれたKaiという青年は仕事があるらしく、俺達を下車させるとそのままホテルへ戻って行った。
洋は、もう「サイガヨウ」じゃない。このまま縁が切れるのか、違うカタチでつながっていくのか……そんな不安を胸に抱きながらも、俺は出発ロビーまで洋に付き添った。
空港で最後に別れる時に、洋の方も少し恥ずかしそうに、それでいて名残惜しそうな素振りを見せていた。
「そろそろ時間だぜ。じゃあな」
「あの……陸さん、さっきは本当にありがとう」
「いや、あれは俺自身のためでもあったんだ」
「あの……これが俺達の最後じゃないよね」
意外だった。俺なんかとは、とっとと縁を切りたいと思っていたのに、そんなことを洋の方から言い出すなんて。
「……あぁそうだな。お前がよければな」
「うん、また日本で会おう」
全くお人好しだと思った。
これを機に縁を切ってしまえばいいのに……そう思う反面、これが最後にならないで良かったと安堵した。本当はおこがましい話かもしれないが、洋が幸せになっていくのを見守りたい。そう秘かに願っていたから、洋の言葉は胸に響いた。
「ふぅ……」
急に肩の荷が降りたような気分だ。
ふと時計を見ると約束の時間が近づいていたので、慌ててタクシーに飛び乗った。
****
ホテル近くのレストランに、一人でテーブル席に座り、ワイングラスを傾けている空の姿を見つけてほっとした。
時計を見ると約束の時間から三十分も過ぎていた。そういえば今日も空を待たすのはいつものことだからと甘えて連絡をしていなかった。特にそのことを気にも留めずテーブルへ近づいていくと、その横顔が酷く寂しそうに見えた。
こんな表情をするのか。
いつも俺が一方的に頼って泣きついて、空はそれを許し甘えさせてくれた。今朝だって、空がロビーに来てくれなかったら、俺は取り乱したままだったに違いない。
****
ロビーでショックに震える俺の手を擦りながら、空が必死に励ましてくれた。
「陸、陸落ち着いて……何があった?」
「……空、俺はとんでもない間違いを犯したんだよっ! あいつ……サイガヨウは憎む相手じゃなくて、俺の方こそ憎まれる相手だったのに……」
「陸、落ち着けよ。僕には詳しいことは分からないけど……陸、君が間違いを犯したとしても、その過去は変えられなくても、これから先の未来を正しいものにしていけばいいんだよ。もし傷つけてしまった人がいるなら、今度はその人を守ってやればいいし、そうすることで陸も幸せになれると思うよ」
「空……」
「間違いのない人生なんてないんだよ」
「空もか」
「あぁ僕だってそうだよ」
****
最後、洋と父の所へ向かう足取りが軽くなったのも、ポンと背中を押してくれた空の優しい手のお陰だった。
「陸、行っておいでよ。何かあったとしても何があっても…僕は君から離れないから大丈夫だ」
そう言ってくれたから。俺は洋を守れたし、父を切り捨てないで済んだ。すべてよい方向へ収まったのは全部、空がいてくれたからだ。今日ほどその有難みを感じた日はなかった。
とにかく俺は空のところに戻って来た。やっと俺は空とゆっくり真正面から向き合えそうだ。そう思っているのに、空……お前は何故こんなに暗く沈んだ表情をしている?
気になって気になって……空のことが気になってしょうがなくなってきた。
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