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一滴の時 2
少しの間離れていただけなのに何故だろう。こんなにもお互いに気恥ずかしさを感じるのは。何もかも新鮮で生まれ変わったような気持ちだからなのか。
これじゃまるで初デートのような気分だ。
俺の心臓も、緊張でドクドクと暴れている。
「えっと……丈、車で来たのか」
「いや、洋が少し歩きたいと思っているような気がして……徒歩だ」
「うん……俺もそうしたかった」
「スーツケース持ってやるから貸せ」
「ありがとう」
「さぁ兄さん達も待っているから、月影寺へ帰ろう」
「あぁそうだね」
「行くぞ」
スーツケースを押してくれる丈がすっと歩き出したので、俺も慌てて後を追った。長身の丈の一歩は俺よりも大きく、どうしても少し足早になってしまう。その時、少しだけ躰の奥にピリッと痛みが走ったが、我慢できる範囲だった。
ずっと一人で張りつめていたから、躰に受けた傷の痛みなんて忘れていたのに、丈に会った途端に疼き出してくるなんて、ほっとしたのだな。
躰と心は繋がっているというが、本当にそう思う。
北鎌倉……南北丘陵地から鎌倉街道に向けて開けた小規模な※谷戸は、一つの谷戸全体を一寺院が占めるように建てられている場所が多い。月影寺も、そんな北鎌倉の山に点在する寺の中の一つだ。 (※谷戸…丘陵地が浸食されて形成された谷状の地形である)
駅から少し距離はあるが、今はこの夜風に吹かれながら丈と二人ゆっくりと歩きたい気分だった。
お互い何故だか無言で、道を走るスーツケースの車輪の音だけがカラカラと響いていた。
両端には紫陽花の花が咲いて、淡い水色……少し青みがかった色がどこまでも続いていて清らかな道だった。月明りに照らされ、瑞々しさが一段と引き立っている。
「もしかして雨が降っていたのか」
「ああ、さっきまで小雨がな」
「そうか、紫陽花がしっとりしているな。ニューヨークへ行く前はまだ咲いていなかったのに、いつのまにこんなに」
「そうだな。洋がいない間に一気に咲いたような気がするよ。まるで洋を出迎えているようだな。洋……聞いてもいいか」
「うん」
「無事にすべて解決したのか」
「あぁ解決した」
「何もなかったか。お前が傷つくようなことは」
丈がさっきから俺に聞きたかったことはこれだ。
隠せない。
隠すつもりはない。
「向こうで……突然Kaiが来てくれたんだ。俺を助けるために……そしてはっきりと姿を見たわけじゃないけど、ヨウ隊長の気配も感じた。俺は守ってもらったよ。皆に……だから」
「やはり、何かあったんだな」
「うん、でもこうやってすべて解決して無事に帰って来た」
丈が、突然立ち止まってこめかみを手で押さえた。
「洋っやっぱり……ちょっとこっちへ来い」
「わっ」
ぐいっと手をひかれ、紫陽花の先の木陰に連れ込まれる。道にはぽつんとスーツケースが取り残された。腰に両手をまわされぐっと引き寄せられる。はずみで紫陽花の花にぶつかり、雨の滴がきらりと跳ねた。
「んっ」
こうされると丈の胸の中に、俺の躰はすっぽりと収まってしまう。俺の存在を確かめるかのようにきつい位抱きしめられ、お互いの下半身はぴったりとくっついていく。
「じょっ丈……ここじゃ」
「分かってる! だが」
「心配かけて、ごめん……」
「心配していた、本当はずっと……だが、お前が一人で頑張ろうとしているのを私が邪魔するわけにいかないと思って我慢していたんだ。もう嫌なんだ。洋……君が傷つくのは。君が嫌な目に遭うのはこりごりだ! Kaiやヨウ隊長が来たってことは相当まずい状況になったんじゃないか、誰だ? だれにやられた? 陸さんか」
「丈、違う! 陸さんはむしろ俺を助けてくれて……落ち着いてくれ。あとでちゃんと話すから」
丈が怒るのも無理もない。
俺だって逆の立場だったら、同じことを思い、同じ行動しただろう。
「洋……」
悔しそうに自分を責めるように、きゅっと噛みしめた丈の男らしい唇を指でそっとなぞった。
「大丈夫……俺は……何も与えていないし、奪われてない」
そう言いながら俺の方から唇を重ねた。丈は俺がそんな行動をすると思ってなかったようで、驚いたように目を見開いた。俺はそれを確認してから目を閉じて、口づけを深めた。
会いたかった。
迎えにきてくれてありがとう。
俺のこと行かせてくれて、見守ってくれてありがとう。
それから……
怒ってくれてありがとう。
心配してくれてありがとう。
「ありがとう」
その短いフレーズにありたっけの思いを込めた。
受け入れるだけだった丈の唇が徐々に動き出す。今度は積極的に俺の顎を手で固定して、深い深い口づけへと変化していく。角度を変えて、何度も何度も唇を重ねられ、舌を吸われ、口腔内をまさぐられる。俺の方からも、教えられたことを繰り返す。
受けては応えるように、二人は混ざり合う。
「ん……んんっ」
「はぁ洋、色っぽいな。それに……積極的で上手くなったな。すごくいいぞ」
胸に深く抱かれたまま、耳元で囁かれる。
丈が好きだ。ミントの香りがするような息と低音で明瞭で深みがある声が好きだ。その声に反応するように、ぞくりと下半身に血が集まっていくのを感じ、クラクラとした。
「はぁ丈…もう……ここじゃ無理だ。早く寺へ帰ろう」
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