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太陽と月7

 なんだか……とても幸せな夢を見ていた。 ****  温かい陽だまりの中を、小さな俺は両親と手を繋いで歩いていた。菜の花畑が広がり、黄色と淡い黄緑の二色しかない世界。空から舞い降りる陽射しは、どこまでも明るく清らかだった。  ところが川の手前で、両親は繋いでいた俺の手をそっと離した。 「どうしたの?」  「洋、この先はパパとママだけが進む世界なの。洋が進む世界はあちらよ」  母が指さす方向には、薄暗いトンネルが見えた。 「ここ? 」 「そうよ」    覗き込んだトンネルの中は、真っ暗だった。 「やだ……暗くて怖いよ」  怖くて思わず目をギュッと瞑ると、父が優しく肩に手を置いた。 「大丈夫だ、ほら月が昇るよ」  もう一度そっと目を開くと、そこには光の筆で描いたかのような輝く満月が、ぽっかりと浮かんでいた。月光の静かな光は、真っすぐにトンネルの中を照らしていた。 「わぁ……明るい、月ってあんなに明るいの? 白く光ってすごい!」 「洋……月は、自分で光を出しているのではなく、太陽に照らされて光っているんだよ。つまり月は、太陽の光を跳ね返して輝く存在なんだよ。この先私達と別れて人生を歩んでいく洋は、まるであの月のようだ」 「……そうなの?」  別れという言葉に、幼い俺は少し怖くなった。さらに父は話を続けた。 「洋、この先何があっても忘れてはいけないよ。私たちがいなくなっても、洋は決して一人きりではない。洋の周りには太陽のような人が集まって来る。その人たちによって洋は輝きを失わない。太陽が輝くかぎり希望も輝く。その希望を洋は受け取って生きていくんだよ。分かるかな」  一陣の風。  次に目を開けた時には、もう父も母もいなかった。  でも「希望」だけは……確かに灯火のように心の中に残っていた。 **** 「洋兄さんってば起きて」 「洋、そろそろ起きろよ。飯冷めちゃうぞ! 」 「えっ」  躰を揺さぶられ、まどろみから目覚めると、とても明るい世界が待っていた。 「あ……涼、安志……俺、寝てた? 」 「あぁぐっすりな」 「ほら、せっかく安志さんが作ってくれたチャーハン、冷めちゃうから起きて!」  涼が可愛くポンっとベッドに飛び乗って来た。 「わっ重たい! 」 「ひどいな〜さっきは僕にくっついて寝ていたくせに」 「えっ! わっどこ触って! くすぐったい! 」 「涼っおいっ。くっつくのはこっちだろう? 」  安志の嫉妬するような焦った声。なんだか無性に楽しい気分になってきた。  明るい涼と安志は、俺にとって、まさに太陽のような存在だ。  出会えて良かった大切な人たちだ。 「うん、食べよう! 」 「おうっ洋は結婚までにもっと太れよっ」 「なっ! 」 「ははっ残すなよ」  キラキラと眩しい大事な人から受け取るエネルギーを感じた。  今日ここに来てよかった。そう思う瞬間を噛みしめた。  君たちの輝きを受け、俺ももっと輝きたい。  前向きになれる力が湧いてくるよ。  父さんと母さんの言った通りだ。  俺は一人きりではなかった。  こんなにも沢山の……俺を愛してくれる人に囲まれている。

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