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太陽と月8

「さぁ来いよ」  差し伸ばされた手を取ると、明るい世界へ誘われた。リビングルームに広がっている眩しい光景。ずっと憧れた幸せな光景は、ここにもちゃんとあった。  卵にコーンとベーコンの入ったチャーハンに、ワカメのスープ湯気が食欲をそそる。 「わぁすごいな。いただきます」 「さぁ涼もこっちきて食べろよ」 「うん! 」  安志が甲斐甲斐しくエプロン姿でキッチンを往復して働いている姿に、思わず微笑んでしまう。 「ん? なんだよ、笑うなよ」 「んっごめんごめん。だって安志のエプロン姿初めて見たからさ」 「おっこれいいだろ? 涼からのプレゼントなんだ」  ジーンズにTシャツ……逞しい腕。生成りのざっくりとしたエプロンが、鍛えられた安志の躰によく似合っている。 「へぇ、っていうか涼は食事を作らないのか」 「あっ」  涼の顔を見ると、叱られた子供みたいに舌をちらっと見せて照れ笑いをしていた。安志に頼りっぱなしな甘えた様子が伺えて、思わず苦笑してしまう。まぁ安志も涼のことをあれこれ世話を焼くのが楽しそうだから、これでいいのか。 「涼、沢山惣菜持ってきたから、冷凍したりして上手く使ったらいいよ」 「ありがとう!すごいよね。さっき冷蔵庫で見たけど、あれ全部洋兄さんが作ったの? 」  尊敬の眼差しで見られると困ってしまう。結局俺も涼と同じで料理が得意じゃない。いつも流さんが手際よく作ってくれるので、朝食の手伝いって言っても、お茶碗並べたりとかそのレベルなんだよな。 「あっいや、丈のお兄さんの流さんが……」  気まずく伝えると、涼は明るい笑顔になった。 「良かった! 」 「何が? 」 「だってさ、洋兄さんはさ、やっぱり周りからあれこれ構ってもらうのが似合うよ。その綺麗な指が切れたり火傷したらどうしようって、周りがハラハラしちゃうだろ」 「はっ?」  まったく涼はいつもとんでもないことを思いつく。  俺だって男なんだから、いろいろ周りの人を支えてあげたいのに。 「まぁまぁ今日は洋もお疲れだから、ほら冷める前に食べて」 「そういえば安志……今日は涼と出かけるはずだったんじゃないか。俺って邪魔だよな」 「いいんだ、もっと楽しい展開だから。酒でも飲むか」 「あっいいね。暑いし喉が渇いた」  そのまま、勢いでビールにワインまで真昼間から飲んでしまった。入籍の日取りも伝えると、二人とも喜んで来てくれると言ってくれ、とても嬉しかった。だからなのか、従兄弟の涼と幼馴染の安志という心から安心できる人たちに囲まれて飲む酒は、美味しくて、何杯も何杯も…… 「洋、もうそろそろやめておけよ。そんなに強くないだろ? 」 「んーーーーでも…今日はもっと飲みたい気分だから」  すでに、ほろ酔い気分で、呂律がまわらなくなってくる。こんなにリラックスして外で酒を飲むのが久しぶりで、その感覚にも酔ってしまったようだ。 「洋、これ以上飲んだら帰れなくなるぞ」 「ん? あぁ……それなら大丈夫」 「何が大丈夫なんだ? 丈さんが迎えに来てくれるのか」 「いや、ここに泊まっていくよ。いいだろ? はぁ眠たい……もう……ダメ」  そのまま涼のベッドに雪崩込むと、視界と記憶がブチっと閉じた。 ****  なんでこんな展開に?  いや悪くない。悪くはないが……この状況って。 「安志さん、お待たせ。お布団敷いたよ」 「おっおう! ありがとな」 「洋兄さんあのままベッドに倒れ込んで動かなくなってしまったね。鎌倉の家には連絡しておいたけど大丈夫かな? 」 「あぁ、涼のところなら心配しないだろう」 「じゃあ僕たちもそろそろ……その……寝ようか」  涼のベッドのど真ん中で、酔い潰れてしまった洋には驚いた。こんなになるまで、洋は飲んだことないんじゃないか。いつだって周りを警戒し緊張していたから。  こんなにリラックスした姿を見せてくれて羨ましい反面、ちょっとだけ複雑だ。幼馴染っていうか、もう家族みたいな間柄っていうのか、これ。  しかし、今日は週末で涼の家にはもともと泊まるつもりで俺も来ていた。そう二人きりで、二週間ぶりに……だったのに。  何故か俺は、涼のベッドの下に布団を敷いて寝る羽目に。まぁ俺が洋の隣ってわけにはいかないし、これで合ってるのだが。なんともいえないモヤモヤした気持ちが沸いて来て、大人しく涼にこのまま触れないで眠ることなんて無理そうだ。 「安志さんごめんね。下で」 「……」 「安志さん……もしかして怒ってる? 」 「あっいや大丈夫だ」  ちょっと無言になってしまった俺に、申し訳なさそうに涼が声をかけてくる。大人げないぞ。安志。悪いのは涼じゃなくて洋だ! 「良かった。じゃあおやすみなさい」  時計は深夜零時を回っていた。流石に涼ももう眠いようで、目がとろんとしている。洋はもうぐっすり夢の中だ。いい夢を見ているのか口元が綻んでいる。 「涼、おやすみ」  そう言いながらベッドに座る涼の後頭部に手をまわし、唇を奪った。  だってそれくらいいいだろう。今日はこの続きを我慢するのだから。 「あっ安志さん駄目だって、洋兄さんがいるし」  横を向いて唇をすぐに逸らしてしまった涼の恥じらいが、可愛いくてしょうがない。 「大丈夫だよ。洋ならぐっすりだ。キスだけだから」 「でっでも」 「涼、静かに……あと少しだけ」  恥ずかしそうに俯いてしまった涼の顎をあげさせて、もう一度唇を奪っていく。 「あっ……駄目っ……んっ、ふっ……」  涼の可愛い声と優しい抵抗は俺を駄目にする。

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