605 / 1585
完結後の甘い物語 『雨の悪戯 8』
「ほらっ入るぞ」
「わっ!」
流さんがパンツに手をかけた瞬間に、思わず手で目を覆ってしまった。
ザブンっ
暫くすると、流さんはもう湯気の中に消えていた。どうやらすぐに湯船に浸かったようで、すり硝子の向こうに、肌色の逞しい背中が見えていた。
はぁ……びっくりした。
流さんってすごく鍛えた躰をしているんだな。
肩甲骨も綺麗だった。
丈の躰だって、いつも見惚れちゃうほど筋肉が美しいと思っていたのに。
「洋、どうした?」
「えっ?あ……いや」
「ははっ、流兄さんは昔からあんな人だ。あまり細かいことを気にしない。さぁ立っていてもしょうがない。私たちも入ろうか。だが洋は無理するな。後から一人で入るといい」
月影寺の風呂場は、まるで小さな旅館の大浴場のように広い。修行僧を預かったりする関係だろうか。
それに今日は湿気もあり、湯気で浴室内は白い霞がかかったようになっているし……そもそも男同士じゃないか 俺もこんなことも出来ないんじゃ、男じゃない。
「大丈夫だ。丈、俺たちも一緒に入ってしまおう」
実際、天井から垂れて来た大粒の雨によって頭から足の先までぐっしょり濡れている。足元を見ると水溜まりが出来ているほどだ。
「流兄さんは大丈夫だよ。だが……」
「だが? 」
丈が不機嫌そうに言うので、不思議に思った。
「なんだよ、黙らないで教えてくれよ」
「……うむ…」
丈らしくない反応だ。
「あ……もしかして俺が見惚れているとでも?」
「……まぁそういうことだ」
うっすら頬が赤いのが、いつもの丈らしくなくて驚いた。だが同時に、こんな面もあるんだとほっとした。
「私は……流兄さんには昔から何もかも敵わない」
「丈、大丈夫だよ。そりゃあまりにいい躰つきだから、一瞬見惚れたのは認めるけど」
「なんだって? やっぱり! 」
「あ……いや。でも丈には敵わないって思ったところ」
「そうか」
丈の眼が嫉妬に揺らぎそうになったので、まずいと思った。こういう時の丈は後が怖いからな。
「おーい。早く入れよ、湯の量がちょっと足りないから、二人共浸かってくれ」
「あっはい!」
こうなったらもう、どうとでもなれっ! 俺も一気に浴衣を脱ぎ捨てて、真っ裸になって風呂場の扉を開けた。
恥ずかしがるな。
かえっておかしいだろう。
男同士で温泉だって行くはずだ。
そう言い聞かせるが慣れないことをしている実感はあるので、心臓がバクバクだ。
丈も同じように浴衣を脱ぎ捨てて、一緒に入って来た。
さり気なく俺の前に立ちはだかっている様子が、なんだか気恥ずかしかった。そういうことされると余計に意識しているみたいで恥ずかしいだろう!
さっと体を湯で流して、大きな湯船にドボンっと浸かった。肩まで湯に浸かり体育座りをして、そっと流さんの方を見るとばっちり目があった。
「ははっ洋くんは本当に可愛いな。弟ってこんな感じか」
「え……だって弟なら丈がいたじゃないですか」
「丈? 丈はこんなに可愛くなかったよ。どんどん俺に似て来るのが憎らしかったよ」
「憎らしいって?」
「いやいや言葉のあやだけど……まぁ似てたんだよ。外見が俺によく……だからさ」
「ふんっ……流兄さんは昔からいつだって私に冷たかったですよね」
「ははは。気が付いていたのか」
「そりゃあんだけ露骨にされたら、いやでも気が付きますよ」
「そっか……そりゃ悪かったな。俺もさ、ガキだったんだよ。つまんない嫉妬。これからはお前も洋くんも沢山可愛がってやるから許せよ。なっ」
また丈が頬を少し赤らめた。
あれ……またこんな表情を?
そうか……丈も嬉しいのか。
お兄さん達の話を長い間しなかったのには、きっと何か理由があったのだろう。でもこの寺を頼って身を寄せお兄さん達に受け入れてもらえてから、そのわだかまりはどんどん消えているようだった。
「全く……流兄さんはいつだって調子がいいですね」
「俺はさ、丈のこと尊敬しているんだよ。こんな大胆なことをお前に出来ると思っていなかった」
「大胆なこととは? 」
「洋くんと生きていく決心を抱いて、この寺に戻ってきてくれたことさ」
「それは……それが自然だったから、信じた道だったから」
「うん、お前のそういうとこが好きだぜ。来いよ。弟っ」
いきなり流さんが立ち上がって近づいて来たかと思ったら、ガバッっと丈を抱きしめた。
えええっ!
なんか見ちゃいけない光景のようで、俺は呆然としてしまった。
目の前ですごい男前の男性同士の抱擁。
目の毒?
いや目の保養?
「はぁ……二人共かっこいい……」
思わず口に出た感嘆の言葉。
「おお! 洋くん、分かってくれるか? 君もおいで」
「え? いや……俺はここで見ていますよ」
思わず湯船のなかで後ずさりすると、逞しい腕にグイッと引っ張られて、一気に丈と流さんの間に躰を寄せられた。
「わわっ!」
「うわっ、やっぱい細っこいな」
「兄さんっ!」
「流さんっ」
すごく驚いたが、でも全然嫌じゃなかった。
丈の血を分けたお兄さんだからなのか。すぐ横に丈がいるからか。
これは抱かれるというよりスクラムを組むような体勢だ。
えっとスクラムって……そうだ集団が力を合わせること。大勢がまとまって一方向を向いている状態。一丸となる。団結する。
なんだか前向きな力強い言葉ばかりで、俺もこの寺の兄弟の一員として認めてもらえたようで、嬉しくなってきた。
胸にじんわりとしたものが込み上げてきて、黙ったまま俯いてしまった。
温かいよ。
丈……君の兄弟はとても温かいね。
俺に兄弟の温もりを教えてくれるのも君だ。
全部君が……俺の初めての相手なんだ。
その時、風呂場の扉がガラッと開いた。
ともだちにシェアしよう!