612 / 1585

完結後の甘い物語 『蜜月旅行 3』

『張矢様御一行』  そんなプラカードを持った中年の運転手が、空港の到着ロビーで待っていた。 「お!来てるな、荷物多いしワゴンタクシーを手配しておいたんだ、行くぞ」  流兄さんの掛け声で、ぞろぞろと移動する。まったくいつの間にか流兄さんが添乗員のような勢いだ。 「いやーお客様、いい時期にお越しですね。今年は台風もなくベストシーズンですよ」 「そうか良かったよ。じゃあホテルに直行してもらえるかな」 「ええ、もちろんです」  宿泊先は、空港からタクシーで三十分弱の所にある、日南海岸にそびえ立つリゾートホテルだ。ここは以前学会で利用したことがあるのだが、景色も雰囲気も良かったので、いつか洋を連れて来てやりたいと思っていた。  空港からずっと広がる青い空。白い雲。南国らしいパームツリーが風に揺れていて、一気に開放的な気分になってくる。 「丈、すごく綺麗な所だね」  洋が車の窓を少し開けて、風を入れてくれた。  すると自由で自然な風に、車内が包まれていく。  洋の髪の毛が光に透けて、キラキラして見えた。  淡い菫色のリネンのシャツが風を招き入れて、まるで羽のようにはためいている。  綺麗すぎて何処かに飛んで行ってしまいそうで、思わずその肩を抱いた。 「洋、楽しみか」 「あぁもちろんだ!」  いつも禁欲的な生活を送っている翠兄さんも、寺の雑務に追われている流兄さんも…… 医師として多忙な生活の私自身も……そして仕事熱心な洋も、ここでは何もかも忘れて楽しめたらいい。 「いらっしゃいませ、ようこそムーンライト・グランドリゾートホテルへ」  ホテルの2階がチェックインカウンターだ。  エネルギッシュに降り注ぐ宮崎の太陽をイメージしたマンゴーイエローをキーカラーに、赤いソファが配置されていて、とてもモダンな空間だった。やさしい光を放つセプションカウンターや、睡蓮をモチーフにしたラグなどエレガントで明るい空間は、これから始まるリゾートライフへの期待を高めてくれるのに十分だった。 「さぁ着いたぞ。お前達はここで荷物番をしていてくれ」 「あっ流兄さん、ちょっと待って下さいよ」 「なんだ? 」 「部屋割りの件は大丈夫でしょうね? 兄さんたちと同室なんて困りますから」 「同室?」 「その……ほら、4人部屋とかあるみたいだったので」 「まさか! そんな野暮なことするかよ。さぁ翠兄さん行きましょう」 「ははっ丈、そんな心配しなくても大丈夫だよ。君たちの邪魔はしない。これでも君たちが新婚旅行で来ていること位、ちゃんとわきまえているよ」  翠兄さんも優しく微笑んでくれたが……そうは言っても一抹の不安が過るのは何故だ。 **** 「失礼ですが……お客様は4名様で1グループでいらっしゃいますか」 「そうだけど?それが何か」 「実は本日から3泊ちょうど35階の高層階、ホテルの三角柱フォルムの頂点に位置する、広々とした170㎡のスイートルームが空いております。少しの追加料金でそちらにグレードアップすることも出来ますが、いかがでしょうか。こちらでしたら1室にグループの皆さまが全員ご滞在していただけますが」 「へぇそれはすごいな、流どう思う? 」 「いいんじゃないですか、翠兄さんのお好きなように」 「うん」  翠兄さんが興味を持ったようだ。こういう時俺は、長男である翠兄さんの判断に任せるようにしている。 「その部屋にはベッドルームはいくつある? 」 「はい、2つございます」 「ふぅん、扉はある? 」 「?……ええ、ございますが」 「なら、そこにしよう」  やっぱり翠兄さんは、そう言うと思った。  どうやら真ん中に大きなリビングがあって、その両端にツインルームがあるらしい。トイレは二ヵ所。ミニキッチンもありなかなかの設備だ。バスルームが一つというのが気になるが、それは丈達に譲ればいいだろう。  丈の不服そうな顔が目に浮かぶが、致し方ない。  俺は翠兄さんの判断に従うまでさ。  それに丈と洋くんの新婚の夜にも、少し興味があったりして。  俺は思わずニヤリと笑ってしまった。

ともだちにシェアしよう!