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完結後の甘い物語 『蜜月旅行 4』

「翠さん達、なんだか遅いね。なぁ丈、今日は何をする予定? 」 「そうだな早速海に行くつもりだ」 「あっいいね、丈と海に行くのは初めてだな」 「そうだな。プールはあったが海へは行ってなかったな」  何しろ水着になるのを極端に嫌がる洋をプールへ連れて行くのは至難の業で、ソウルにいた時、ホテルのプールに数回行っただけだ。  そういえば、それ以前に温泉宿で一度だけプールに連れて行ったことがある。オレンジ色に染まる水の中で抱擁したことが甘酸っぱい思い出となり蘇って来た。  懐かしいな。あれはまだ出逢ってそう経っていない頃のことだ。あの後……いや、やめておこう。思い出すのは。 「楽しみだな。海で泳ぐなんて小学生の時以来かも」 「小学生? それは随分前だな」 「そうだな。あれ以来……海に行っても、泳ぐことはなかったからな」 「なら今日は存分に泳ぐといい」  見るだけで泳がなかった海か。  洋にとっての海とは、ずっとそのようなものだったのかもしれない。  だがこれからは違う。今まで洋が我慢していたことをこうやって次々と叶えてやりたい。 「あっ翠さんたちが戻ってきたよ」 「あぁそうだな」 「翠兄さん、遅かったですね」 「あっ悪かったね、これが鍵だよ。さぁ案内してもらおう」  翠兄さんの手からカードキーを一枚だけ手渡された。特に何の疑問も抱かずホテルのポーターと共に、エレベーターに乗った。  純朴そうなポーターは少し顔を赤らめて、私たちのことを代わる代わる見ていた。  それもそうだろう……いい歳した男四人……実に不思議な集団だろう。旅行なのでラフな服装の洋は、まだ十代のアイドルみたいに今日は可憐だし、翠兄さんは弟の私の目からみても、端麗な美しさを持っている。まして袈裟ではなく雅な和装姿というのが人目を存分にひくようだ。 「ご兄弟皆さん揃ってご旅行なんていいですね、お部屋は男性四人でも十分広い空間ですので、どうぞごゆるりとお過ごしくださいませ」 「四人……?」  確かに皆、張矢という名字なので、洋も含め四兄弟と思われたのだろう。それは良いが……四人でも広い部屋という意味が分からなかった。  コーナーデラックスルームを予約したつもりだったが、こんなに広い部屋だったろうか。よく考えようとしたものの、客室の広さと眺望の美しさに目を奪われてしまった。  部屋に入ると、三十畳以上の広大なリビングルームがあった。  三方向・三面のワイドな窓からは、日向灘のパノラマが広がり、その向こうにコバルトブルーの海がキラキラと宝石のように輝いていた。  これは確かに見事なオーシャンビューだ。パンフレットで見ていた以上の眺望だ。  窓に面して、書斎デスク。三人ほど腰かけられる広いベンチ。二人が横になれるカウチソファがそれぞれ設置されていて、リビングの真ん中には大きな三人掛けのソファにシングルソファが二つ、ゆったりと設置されていた。何より家具も壁もカーテンもすべて真っ白で、窓の外の海のブルーとのコントラストが爽やかな印象だ。 「すごい! 広い!丈、本当にすごい部屋だな。ありがとう! 」  洋の無邪気にはしゃぐ声に、私も嬉しくなる。  あの窓際のカウチソファで洋を抱きながら暮れ行く夕陽を眺めて、あちらのベンチで昇る朝日をバスローブ姿で肩を組んで眺めたら。  あれこれとシチュエーションが次々と浮かび、存分に楽しい妄想が出来た。 「丈、ニヤついているな。気に入ったろ。この部屋はだな、翠兄さんの計らいだ」 「翠兄さんの? ところで流兄さん達の部屋はどこです? 」 「馬鹿だな。お前……くくくっ。ここを一緒に使うんだよ」 「ええっ!?」  私の驚いた声に翠兄さんが不思議そうに振り向いた。 「あ……丈、そういうことなんだ。寝室は別だというから問題はないだろう?この部屋の方が予約していた部屋の倍以上の広さだし、皆でリビングで会えるし便利かと思って。丈たちはあちら側のツインルームを使うといいよ。その……バスルームに直結しているからね」 「はぁ?」  そんなこと聞いてないし、なんで勝手に……新婚旅行だって言ってるし、翠兄さんもさっきまで理解していたんじゃないのか。 「丈、なぁ駄目か?」  はぁ……全く…翠兄さんお得意のこれだ。  この天然な甘えた声に、いつも流兄さんがメロメロなのを私は知っている。それがついに私の身にまで降りかかってきたのか。 「はぁ……駄目というか。その……」  何と答えていいか分からないで困っていると、洋の明るい声が響いた。 「翠さんお気遣いありがとうございます。俺……なんか感激しちゃって。駄目なんてはずないじゃないですか。すごく嬉しいです。せっかく一緒に来たんですから、こうやって同じ部屋のリビングで会えるのは嬉しいです。なっ丈もそう思うだろ? 」 「えっ……あぁ……」 「ふふっそうだろう」  翠兄さんと洋って……なんだか最近似て来ていないか。  流兄さんのようにはなりたくないとずっと思っていたのだが、どうにも先行きが不安になってきた。

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