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完結後の甘い物語 『蜜月旅行 14』

 床に落ちた鼻血を慌てて手で拭おうと思ったが、翠兄さんに止められた。 「手が汚れるから、ちょっと待っていて」  兄さんはロッカーまで行き、ティッシュを持って来てくれた。  まったく情けない。こんな年で鼻血なんてあり得ないだろう。はぁ……さっきまでのいいムードも、これで台無しだ。  兄さんの顔つきは、もうすっかり兄モードになってしまったじゃないか。 「流、これ使って。床は僕が拭いておくから、顔洗っておいで」 「……う……分かった」  子ども扱いするなと叫びたくもなったが、それよりも早く、このみっともない血を洗い流したかった。  洗面所で顔をザバッと洗い、鏡に映る自分の顔をじっと見つめた。  もう俺は三十四歳だ。一体いつまでこんな日が続くんだよ。  実の兄なんだ!  この世で結ばれてはいけない縁だということは分かっている。だがもういい加減に我慢の限界に達していた。  目を閉じれば……さっきの翠兄さんの美しい裸体や褌から見え隠れしていた小振りな果実がちらついてしまう。  あれを食べてみたい。  そこに触れてみたい。  どんな味なのか、どんな触り心地なのか。  はぁ……やめておけ。  そんな欲望を抱いても叶うはずもなく、その後自分が苦しむだけなのに。  ロッカーに戻ると、兄さんは予想通り褌の上にサーフパンツを身につけてしまっていた。  くそっやっぱりなぁ……そう来るよな。  がっくしと肩を落としている兄さんがやって来て、俺の肩に手を置いて心配そうに覗き込んできた。全くどうかしている。こんな時でも触れられた部分が熱いなんて。 「流、大丈夫だったか」 「もう止まりましたよ…」 「そっかよかった。なんか思い出すな」 「何を?」 「流さ、中学生の頃もよく鼻血を出していただろう。あの時なんて」 「兄さんっ」  それ以上言って欲しくなくて、大声を出してしまった。 兄さんの方も悪いと思ったようで、少し困ったような表情を浮かべた。 「さぁもう海に行きましょう。丈達も待っているから」 「うん。しかし今日はいい経験をしたな」 「……そうですね」 「なぁ流……」 「なんですか」 「また褌しめるの手伝ってくれないか。なんだか癖になるっていうのは本当なんだね。気に入ってしまったよ。身も心も引き締まる感じですごくいいね」 「はは……」    屈託のない顔で、兄さんが明るく笑っていた。  果たして俺は、この先どれだけの試練を背負うのことになるのか。  いつか、この均衡を破ってしまいそうだ。  俺がそんなことをしたら、兄さんはどんな反応をするだろうか。  もちろん驚いて嫌がるだろう。俺に嫌悪感を持つかもしれないよな、自分を責めてしまうかもしれない……罪悪感も持つだろう。  拒絶されるのが怖くて踏み出せない重たい一歩なんだ。  この旅行はまだ始まったばかりだ。気を取り直していこう。またのチャンスに備えてな。  自分自身を叱咤激励して、丈と洋くんの待つ海辺へと戻ることにした。 **** 「わっ!」  丈のふくらみに手をそっと添えると、それはぐんっと硬さを増したので、慌てて引っ込めた。そんな俺の様子を、丈は男らしい色気のある顔で見つめていた。  丈っ……全裸に近い状態でその色っぽい表情は、まずいだろう。ここはビーチで、公衆の面前なんだぞ! 「あ……その」  俺はじりじりと後ずさりしてしまう。 「へぇ……洋にしては珍しく積極的だな。だがこんな場所で、そんなことをしていいのか」 「もっもうしない! 」 「誘っているのか」 「誘ってなんかない、もういいだろっ」 「……駄目だ」 「え……駄目ってどういう意味? 」 「ほら行くぞ!」  丈はグイっと俺の手首を掴み海へと走り出し、一気に迷いなく、ずんずんと波の中に入っていく。 「うわっ! ちょっと待って」  白い波が泡となり押しては引いて、顔にもバシャっと水飛沫がかかってくる。  海水の塩っ辛さ、海のにおい。  足元のおぼつかない感じ。  砂が足を滑り落ちるような感触。  本当に久しぶりに海にいることを実感する瞬間だ。 「洋もう少し向こうまで泳げるか」 「ああ泳ぎは得意だよ」 「よし。ではあの岩場まで行こう」 「OK! 」  丈の泳ぎは綺麗だった。普段からジムに通っているだけあって、海の中ですら綺麗なフォームでスイスイと泳いでいく。 「丈、待てよ!」  みるみるうちに小さくなっていく丈の姿を、俺も慌てて追った。  頭まで潜ると水の中は少しひんやりと心地良く、海中で手足を思いっきり動かして、泳ぐのが楽しい。  丈……聞いてくれ。  俺はまるでイルカにでもなったような気分だよ。  青い空のもと、何の不安もなく泳いでいる。  どこまでもどこまでも、この大海原を進めそうだよ。

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