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完結後の甘い物語 『蜜月旅行 28』
欲望、欲求、欲情……全ての欲という欲を強引に押さえつけた。
この長い年月。
兄に恋していることに気が付いてからの長い月日、いつだってそうしてきたじゃないか。
だがこの旅行は駄目だ。
初日だというのに、既に何度も何度も試されている気がする。
一体何の因果か、弟の新婚旅行に秘かに愛している兄と同伴し、まして部屋も同室だなんて……それに兄は兄で、俺を誘うようなことばかり仕出かす始末だ。
もしかしたら兄さんの方も俺と同様で、少し変なのかもしれない。
宮崎に昼に着いて夕方までの間に、兄の褌への着替え、自慰、すべてを見てしまった。
全く、こんなこと普通じゃあり得ないよな。
北鎌倉で禁欲的な生活を送っている時からは考えられない程の気を許した兄の仕草、行動だ。そして今また客室のベッドの上で、上半身裸という無防備で際どい姿で眠っている。
温かい蒸しタオルで首筋から胸元にかけて拭いてやる。海水のべたつきが取れて気持ちが良いのだろう。眠っている兄の表情は柔らかく緩んだ。
安らかな寝息と連動して静かに上下する胸の膨らみ……その先端に付いているものが甘く誘ってくる。
俺は……あろうことか、とうとう抗えずに、そっとそこに指先で触れてしまった。
とうとう触れてしまった。
触れてしまったからには戻れない。
そのまま突き進む道しかない。
じっくり味わうように指の腹で、乳輪を弧を描くようになぞってみる。そこは肌色よりも明るく少し赤みがさした綺麗な色だった。こんなに綺麗な色だったんだ。
潔癖な兄のことだ。離婚した彩乃さん以外に躰を重ねた相手は、恐らくいないはずだ。ましてこんな所を他人にいじられたことはないだろう。
俺だって、ちらちらと見る機会はあっても、こんな間近で……まして触れる機会は初めてだ。やはり今まで抱いた他のどんな人よりも、そこは美しかった。
俺は兄への叶わぬ欲求を吐き出すために、一夜限りで他人と肌を合わせた。何度も何度も……兄を汚さないために、そうするしかなかった。
乳輪をやさしく擦っていると、周りの皮膚が粟立って来たのが分かった。
兄の寝息がまだ規則正しいことを確かめてから、指先でその芯をきゅっと摘まんでみた。まだ柔らかいそこは、揉めば揉む程、芯を持つように尖って来た。
女の胸とは違う艶めき。
いや翠兄さんにしかない艶めきだ。
「んっ……ふっ…」
夢見心地の兄の吐息交じりに発した声に驚いてしまった。
兄さん……もしかして感じているのか。
夢中で再び摘まんだ。摘まむだけでは飽き足らず、とうとうそこへと舌を近づけた。
最初はそっとだった。
兄を起こさないようにと慎重に、そろそろと舌先を這わした。それでも眠り続けていることに安心すると、欲望に火が付いてしまった。乳首をパクッと口先で咥え、あろうことか……ちゅうちゅうと音が出る程しゃぶってしまった。
「ん……あっ…」
小さな呻き声が聴こえたが、抵抗はない。俺に身を任せてくれている。そのまま兄の股間に手をそっと這わすと、兄のものが再び固くなっているのが分かった。
もしかして俺の愛撫に感じてくれるのか。このまま欲望を下着から剥き出して扱いてやりたい。俺の手で愛撫してあげたい。
駄目か。
しちゃ駄目か。
もう頭の中が真っ白になって、このまま兄を抱きたい。
何処までも落ちてしまいたいとさえ思っていた。
だが、それは無理だった。
「……んっ…流……なのか」
目覚めつつある兄の声にはっとして、躰をばっと離した。
「お……俺は今、何を」
自分が仕出かしたことにわなわなと震え、気が付くと兄のために用意した風呂敷を掴んで部屋から飛び出していた。
危なかった。長年の積み重ねがすべて無駄になってしまうところだった。
大浴場へ向かって、ホテルの廊下を走りながら思い出していた。
昔から気まずいことがあると感情を持て余し、よく寺の庭を走ったものだ。俺はあの頃と何ら変わっていない。
無理矢理にでも抱いてしまえば、すべてが変わるのだろうか。
いずれにせよあの部屋では駄目だ。あそこには丈や洋くんもいる。
近い将来、俺と兄の均衡を破ってしまう予感が、後ろから追いかけてくるようで怖くなった。
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