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完結後の甘い物語 『蜜月旅行 34』
「へぇ君もすごい美人でそそられるな。一体、翠さんとどういう関係? 一緒に旅行中なのか」
いきなり肩を掴まれて驚いた。この男性と翠さんはどういう関係なのか分からないので迂闊なことは言えない。
「克哉くん、あちらで飲もうか」
「あぁそうですね」
翠さんが関心を上手く逸らしてくれたので、それ以上のことは聞かれないで助かった。翠さんと俺の関係を説明するのは、ややっこしい。翠さんの方も、むやみやたらに話すものではないと思っているようで、ほっとした。
「ごめんね。その坊やのこと頼んだよ」
「この美人さん、翠さんの連れだから信用しますが、大丈夫なのか」
胡散臭そうな目で見られて居たたまれない。だが、それもそうだ。見ず知らずの男に大切な息子を預けるなんて、まともな親だったら心配だろう。
「あっ分かりました。じゃあそこのフロントから連絡を入れてもらいます」
「そうだな。そうしてくれ。部屋には妻と娘がいるのですぐに降りて来るはずだ」
「了解しました」
なんだかこの人……翠さんへの態度と違って……随分と横柄だな。翠さんの知り合いだなんて信じられない。でも翠さんとその男性は、ロビーの横にあるラウンジへと入って行ってしまった。
歳は、翠さんと同じくらいか。昔からの知り合いのようだけど……なんだか心配で、じっとその様子を見送っていると、シャツの裾をグイっと引っ張られた。
「ん?」
俺のことを不審そうに見上げている男の子とばっちり目が合った。
う……丈……もう、ヘルプ。
今まで小さな子供と接する機会なんてなかったから、こういうの不慣れすぎるよ。うーんこの子は、たぶん10歳位か。10歳と言えば、アメリカの船で出逢った涼のことを思い出し、少しの糸口が見えて来た。この場合……そうだ! まず名前を聞いてみよう。
「あっごめんね。えっと君の名前は?」
「玲だよ」
「そっか、れい君か。俺は洋だよ。よろしくね」
「……うん」
「おいで。そこのフロントでお母さんに連絡してもらおうね」
フロントで話をするとすぐに話が通じ、数分で母親と女の子が降りて来た。まだ若い感じの母親と髪の長い可愛い女の子だ。
「玲っもうっこの子は、ママに心配かけて!」
駆け寄って来た母親は、怒るのかと思いきや、ふわっと玲くんを抱きしめた。とても優しそうな様子だったので安心した。少年も母親には弱いようで素直に謝り出した。
「ママ、ごめんなさい。海がキレイだったからつい」
「勝手に部屋から出ちゃ駄目よ。もう二度としないで」
「うん……怖かったぁ。転んじゃって痛かったよ。でもね、綺麗な人たちに助けてもらったんだ」
「そうだ連絡をもらったんだったわ。玲を助けてくれたのはどなた?」
「この兄ちゃんと、もう一人のお兄さんだよ」
そこで初めて、玲くんの肩越しに母親と目があった。
「あ……あの、良かったですね」
「えっ? まぁ……なんて綺麗なの」
俺の顔を見て、はっと驚いた表情をしていたが、初対面の人からよく受ける反応なのでもうあまり気にならなくなった。それでも、もっと目立たない顔で生まれたかったという願望は今も持っている。
さてと子供は無事に引き渡せたしもういいだろう。ここには長居せずに早く部屋に戻りたい。そろそろ丈も戻っているだろうし。
「じゃあ、俺はこれで失礼します」
「あっ!待って」
「駄目!待って」
「待って」
そう思って背を向けて歩き出すと、三人の声に引き留められた。
「え?」
柔らかく小さな衝撃を背中から受けた。妹さんと玲くんに必死にしがみつかれていた。ううう……こんな小さな子供に無邪気に引き留められてしまっては、無下に出来ないよ。
「なっ何かな?」
「お兄ちゃんすごい! 童話の王子さまみたいにキレイ~!キラキラしてる~」
あどけない女の子が、瞳をキラキラさせ頬を赤く染めていた。
「何言ってんだよ。アニメのヒーローみたいにカッコいいいじゃん。一緒に遊ぼう!あっちにキッズコーナーがあって、大きな迷路とかあるんだ」
「ずるい! 王子さまは、わたしのものよー。おままごとしましょう」
妹さんに、ぐいっと引っ張られる。すると反対から玲くんも俺の手を引っ張る。
わわっどうしたらいいのか。
アニメのヒーローとか王子様とか、なんかあり得ない例えなんだけど。
「あぁごめんなさい。それで、うちの主人は何処に行ったのかしら? ロビーに行ったはずなのに」
「あ……旦那さんは俺の同行者と一緒にラウンジに行っています。詳しく分かりませんが、二人は知り合いだったようで」
「なんですって? 知り合いって……それ女性ですか」
突然母親の口調がきつくなった。
「いえ……男性ですが」
「あの人ってば……また」
何か余計なこと言ったのか。更に険悪な雰囲気になってきて焦ってしまう。俺のせいで、こんな雰囲気を翠さんの所に持ち込みたくない。話題を変えないと……
「あの……よかったら少しキッズコーナーで…お子さんたちと遊んでもいいでしょうか」
「まぁ! いいのかしら。じゃあ行きましょう。ごめんなさいね。子供たちが懐いちゃって」
だからつい、らしくない申し出をしてしまった。
でも快諾してもらえたので、ほっとした。
しかし何でこんな展開に?
両腕に小さな子供が嬉しそうにぶら下がり、横にはその母親が微笑んでいる。
なんだか変な組み合わせだ。これって……まるで……丈にだけは見られたくない光景だ。
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