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完結後の甘い物語 『蜜月旅行 35』

 ロビー横にあるラウンジのソファ席に、促されるがままに座った。 「翠さんとはあれ以来だな。元気そうですね」 「……そうだね。……克哉くんも元気そうだな」 「まぁもうもう昔のことですしね、今はお互い子持ちの父親ですから水に流してくださいよ。そう言えば確か、翠さんのお子さんも男の子でしたよね」 「えっ……何故そんなことまで」 「兄に聞いたんですよ」 「はぁ……驚いたな。達哉からは君の話は一切出ないのに」 「あぁ兄を責めないで下さいよ。俺が強引に聞いただけですから」 「……そうか」  久しぶりの再会なのに話が続かない。  当たり前だ。  僕はこの男に何をされたか覚えている。気まずい雰囲気を薄めるために、飲みなれない味のカクテルをぐいっと飲み干した。すると一気に酔いが回ってしまった。 「はははっカクテルは苦手ですか。顔もう赤いですよ。でも翠さんとこんな所で会えるなんて嬉しいですよ。宮崎へは旅行で? 」 「ん……あぁそうだよ。家族旅行でね」 「じゃあ息子さんや奥さんも一緒に?」 「いや、そうじゃなくて……弟達と一緒だ。……流も来ている」 「えっ!それはまずいな。流が来てるなんて」  突如克哉くんの顔色がさっと変わり、そわそわし出した。  こんな時に流の名前を出すなんてずるいかもしれないが、出さずにはいられなかった。  それに僕は「流」の名を口にするだけで、勇気づけられる。 **** 「丈、重たくないか」 「……重いです」  ぶすっと不貞腐れた返事をした。  流兄さんが買い込んだワインは合計五本だ。全く買いすぎだ。翠兄さんも洋も……酒は弱い方だから、こんなに飲めるはずがないのに。  どれも翠兄さんが好きな銘柄だから迷うと言いながら、結局全部買ってしまうのだから凄い。本当に変わらないな。流兄さんはいつまでたっても、翠兄さんのことばかり考えている。  いや年々ますますひどくなっていないか。  特に翠兄さんが離婚してからは、気持ち悪いほどべったりだ。  もう翠兄さんのために人生を捧げているようなものだ。  一体なんでそこまでする必要があるのか。  流兄さんは翠兄さんと違って、結婚もしないし彼女の話も聞いたことがない。外見は兄弟一男らしく精悍でずっとモテて来たはずなのに、本当に不思議だ。 「なんだよ。不服そうだな」 「まさか徒歩で買いに行くと思っていなくて、もう汗だくですよ」 「ははっ、じゃあラウンジでビールを一杯だけおごってやるよ」 「へぇ、それはいいですね」 「翠兄さんが部屋で待っているから一杯だけだぞ」  ホテルのロビーには、開放的なラウンジがあった。夜になると照明が落とされ、ピアノの生演奏が響くムードある場所に変わっていた。客層も昼間とはうって変わって、大人の落ち着いた雰囲気だ。 「さぁ丈、これはお礼だ」 「ありがとうございます」  よく冷えた陶器のジョッキに、ビールが並々と注がれて出て来た。黒地の焼き色にゴールドとシルバーのリング状のワンラインがシンプルで上品なものだった。アクセントのラインがホテルの照明を反射し、キラキラとまるで月輪のように輝いて、洋の姿を思い出してしまった。  あの私達が共に胸にかけていた月輪のネックレス。洋のものはこの世から消えたが、私のものはまだ手元にある。  これには何か意味があるのだろうか。  ふとそんなことを考えてしまった。 「おい、何を考えている?」 「いえ、これはいいビールジョッキだと思って」 「ふむ、これは美濃焼だな。こういうの好みか」 「洋が好きそうだと思って、このシルバーのラインが、特に」 「どれどれ、あぁそうだな。継ぎ目がなくて、これはまるで指輪のようだな」 「あぁそうも見えますね。では、いただきます」  白くクリーミィな泡を口に含むと、やわらかく口の中ですっと溶けていった。 「それにしてもいい空間ですね。私達だけじゃもったいない。明日は翠兄さんと洋を連れて来ましょうか」  そう話しかけるが流兄さんの返事がなかった。不審に思って確認すると、どこか一点を険しい顔で見つめている。 「流兄さん?」 やはり返事がないので、その視線を辿ってみると…… 「えっ」  ラウンジの奥まったソファ席に、男性と並んで座っている翠兄さんの姿を捉えた。  照明が暗くて見えにくいが、背格好から隣の男性が洋でないことは分かった。  では一体誰といるのだ?

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