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『蜜月旅行 67』もう一つの月
朝日がカーテンの隙間から強い光線となって射し込んでくる。
ホテルの遮光カーテンをいち早く開けたのは、洋なのか。
眩しいな……まだ随分と早い時間じゃないのか。そう思っていると、人影がそっと近づいて来た。
「おはよう。丈」
「んっ眩しいな。カーテンもう開けたのか」
「あ……ごめん。眩しかった? 俺、遮光カーテンってあまり好きじゃなくて、つい……」
「あぁそうだな。悪かった」
洋には悲しい過去があって、その時の記憶の断片がトラウマとなって残っているのだろう。朝からまずいことを言ってしまったと思い、話を逸らすようにした。
「もう起きたのか。洋にしては早起きだな。いつも寝坊しているのに」
「ひどいな。どうせいつも寝起きの悪い低血圧だよ。でも俺……昨日は寝落ちしちゃったのか。なんだか途中から記憶がなくて」
「そうだよ。ワイン随分飲んでいただろう、二日酔いにはなっていないか」
「やっぱりそうか。悪かったな。二日酔いは大丈夫みたいだけど」
珍しく洋が甘えた声を出している。さては、これは何か頼み事だな。
「だけど?」
「あのさ、朝風呂に行きたいんだけど……」
「朝風呂? 」
そこまで話を進めて、つい面倒臭そうな顔を浮かべてしまった。
朝っぱらから他人がいるところで風呂にわざわざ入るなんて、私はそういう所へ行くのは苦手だ。かといって……洋を一人で行かせるわけにはいかないし。
「うん、ここの屋上の露天風呂は朝日が綺麗に見えるそうなんだ。なぁ行こうよ。最上階の風呂から朝日を拝めるなんて最高じゃないか」
「……」
考えあぐねていると、リビングでコトリと物音がした。こんな早い時間に、もう兄さんたちが起きたのか。
「あっ誰か起きたのかも。見て来るよ」
洋の方もそう思ったらしく、私より先にリビングへ向かっていった。やれやれ洋は月影寺で結婚してから様子が少し変化してきている。
今まで自分を押し殺し、静かに目立たないように生きて来た反動なのか。時折、涼くんと同い年ではと思うような幼い言動をしたり、無邪気に笑ったりするようになった。
それはそれで嬉しいのだが、なんだかますます洋と歳の差を感じてしまうのが難点だ。私ももっと洋に合せて……といっても私の性格上無理があるしな。
そうこうしているうちにドアの向こうから、洋の嬉しそうな声があがってきた。
「本当ですか。わぁ……一緒に大風呂に行ってもいいのですか」
なんだって?
流兄さんとは駄目だぞ。止めに入ろうと思ったら、その後に続いた声に留まった。
「いいよ。洋くんさえよければ一緒に行こう」
「ありがとうございます。翠さん」
はぁ……なんだ翠兄さんか。
翠兄さんになら任せても、大丈夫だろう。
私の中で翠兄さんの位置づけは高い。つまり一目置いている存在なのだ。長男としていつも冷静で静かな人で、寺の跡も迷うことなく継いで絶え間ない努力をしている人なのだから。
「丈っ! 大風呂へは翠さんが一緒に行ってくれるって。丈は面倒そうだから留守番でいいよ」
洋が朗らかに嬉しそうに笑っている。
こんなに洋は朝日が似合う男だったのか。
その明るい表情を私は眩しく感じ、思わず目を細めて見つめ返した。
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