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引き継ぐということ 6
「兄さん座って。今、温めますよ」
「うん、ありがとう」
いつものように流が作ってくれた昼食が、食卓の上にずらりと並んでいた。出し巻き卵にきんぴらごぼう。焼き魚は今日は鮭か。暫く待っていると、流がお盆に味噌汁と炊き立ての白米をのせて暖簾をくぐってやって来た。
作務衣姿の流の姿は、割烹屋の厨房男子のようでなかなか様になっている。こんな風にいつもの光景を目で追っていると、いつもの日常に戻ってきたことをしみじみと実感できた。
「ありがとう。いただきます」
僕が食べ始めるのを見て、流もようやく箸を手に取る。僕たちは、ずっとこうやって過ごしてきた。
「そうだ、薙の部屋はどうします?」
「あっそうだね、そろそろ用意しないとね。僕の隣の部屋にしようか」
「隣というと、兄さんが物置として使っていた部屋ですか」
「うん、荷物が多いかな」
「あーまぁーぐちゃぐちゃにしていましたよね。でも、ちゃんと手伝ってあげますよ」
その通り。僕自身の部屋がすっきりと片付いているのは、隣の空き部屋を物置代わりにしているからだ。
薙はまだ中学生なのだから、広い寺の中でもちゃんと親の近くに居た方がいいだろう。僕は薙の父親なのだから、しっかり用意してあげないと。
転校先の中学校への手続きに役所関係、それから後は何をしたらいいのだろう。薙と離れて暮らす年月が十年近くになり、僕の知っている幼稚園時の薙は、もうとうの昔なのに、ついあの頃のことばかり思い出してしまう。
確か洋服は青い色が好きで……手先が器用な子で……あとは今は背はどの位伸びたのか。顔はまだ僕に似ている?
知りたいことが、次々に溢れ出す。
****
午後になって時間が空いたので、流と物置にしていた部屋を片付けだした。
「全く酷い有様だな。兄さんは何でも此処に置けばいいってもんじゃないですよ」
「うっ……ごめん」
確かにそうだ。本当にいつから僕はこんなに無頓着になったのだか。
「写経に来る女性たちからの貢物も、全部ここに置きっぱなしじゃないか」
「でも、ちゃんとお礼状は書いたよ」
「まぁね。確かに、このシャツもネクタイも兄さんが好みの柄じゃないですしね…」
前はいただいたものだって、もっとちゃんと扱っていたはずなのに、おかしいな。あぁそうか。流が選んでくれるものが心地良すぎて……きっとそれでなんだな。
僕が好きな色合いのシャツ。
肌触りの良い綿100%の生地。
全部流が用意してくれるものは、僕のためだけに僕のことだけを考えてくれたもの。そう思うと胸が一杯になるよ。
そんな風に甘やかされていたことが、一つ一つ明るみに出て来ると、僕の方も流に甘えたい気持ちが募ってきてしまう。
「なぁ流……そんな余所余所しい喋り方を、今はしなくてもいいんじゃないか」
「なっ何言ってるんですか。さっきだってお堂に事務員が急に来たでしょう。はぁ……もう兄さんはもっと気を付けてください」
「だが……あっこの箱は」
流が喋りながら乱暴に紙包みの山を退けると、その下から古びた箱が出て来た。それは以前洋くんが以前夏休みに僕たちが子供部屋にしていた離れで見つけたと、持って来たものだった。
本当は流のものだったけれども、僕のものでもあるような気がして、受け取ってしまったんだ。でもやっぱり中を開けることは出来ず、そのまま流に渡そうと思ってすっかり忘れていた。
「あぁそうか……こんな所にあったのか」
「なんです? それ」
「あっこれは流の小さい頃の宝箱だろ?」
「えっ!」
途端に流の顔色が変わった。
そんな様子に少し意地悪をしたくなった。
「何時も大事そうに抱えて、一体何を入れていたんだ? 見てもいい?」
「だっ駄目だっ」
「そんなに焦んなくても大丈夫だよ。どうせ昔のゲームとかカードとかだろう?」
「違うっ」
流と取り合った拍子に、箱の蓋がずれ中身が散らばってしまった。
「ん?」
古ぼけた写真や白くて長い布……これはなんだろう? 足元に落ちて来た写真を僕は一枚拾い上げて、窓辺の日の光へと透かしてみた。
「あっこれって……」
写真の中で、まだ高校生の僕が笑っていた。
しかも上半身……裸じゃないか。
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