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番外編 安志×涼 「乾いた心」2

 まだ明け方なのに、耳元の目覚ましがけたたましく鳴っていた。耳を塞ぎたく布団に深く潜って目を瞑ったら、今度はスマホのアラームが鳴り出す始末。  手を伸ばし消して、またごそごそと布団へ潜り込む。こんなことを繰り返していると、今度は家の電話がジリリと大音量で鳴った。  もう誰だよっ。まだ五時なのに……流石に起き上がり眠い目をこすりながら電話に出ると、マネージャーの大声が頭に響いた。 「涼、まさかまだ寝ているのか。あと15分でマンションの下に着くぞ」 「あっ!」  しまった!今日は早朝ロケだった。  昨日夜遅くまでレポートの課題をやっていたので寝坊した!  慌てて鏡を見る。  鏡に映るのは19歳の僕。  肌の血色も寝不足の割にはよく、眼もくっきり二重だ。  うん、これなら大丈夫そうだ。  手際よく着替えて顔を洗い、歯を磨く。  カウンターに置いたスマホを片手でチェックすると安志さんから「おやすみ」の挨拶が来ていた。あー返事していない。ごめんなさい。  せめてもと思い、急いでメールを打つ。 「安志さんおはよう! 今から早朝ロケです。事務所に戻ったらまたゆっくりメールします」  本当に用件のみの内容で、申し訳ない気持ちが募ってしまう。  この前会ったのはいつだろう。  壁のカレンダーに丸をした日が、僕と安志さんが会えた日だ。つまり……もう一カ月近く会っていない。  チクリと疼く身体の熱を、慌てて静める。  駄目だな。こんなことじゃ。そう思うのに、日常にどんどん流されていく。  モデルの仕事、大学の授業……テストに課題。まだ結局……所属したままのバスケットのチーム。  でもニューヨークにいる両親に約束したんだ。  どれも疎かにはしないと。だから突っ走るしかない。  さてと行こう!  僕はリュックを背負って、四月の空へ飛び出した。 **** 「おはよう!涼くん」  バンに乗り込むと、すでにサオリちゃんがいた。サオリちゃんは、時計の広告の相手役だった子。  栗色のロングヘアが朝から天使の輪を作って輝いて、細面の顔に黒目がちな大きな目、桜貝のような唇。韓国アイドル風の綺麗な子で、優しく甘い笑顔を持っていた。  そうだ、今日の撮影は時計の広告の第二弾だった。サオリちゃんの顔を見て、やっと思い出した。  ありがたいことにクリスマスプレゼントの時計広告がブレイクして、続編のオファーが来たのは嬉しかった。  僕もモデルという仕事を生半可な気持ちでやっているわけではない。最初は当時の洋兄さんが忌み嫌ったそっくりな顔を、僕は隠すのではなく堂々と見せていきたいと思ったことがきっかけだった。  でも今は少し違う。  僕の躰を通して、洋服や時計など……身に着けるアイテムを輝かせていくことに喜びを感じている。 「涼くん、相変わらず綺麗ね。サオリ負けちゃいそう」 「くすっ、男に綺麗はないよ。僕よりサオリちゃんの人気がすごいってマネも言ってたよ。今度サイン会をするんだって?」 「あっ知っていたの?ふふっ」  えっと、女の子との会話には、慣れている方かな。アメリカでは結構ガールフレンドと喋っていたし、男と話すより気楽だった。身の危険がない分ね。 「もちろんだよ」 「涼くんもやるのよ」 「え? なんで僕まで」 「だってあの広告は二人が恋人ってコンセプトでブレイクしているんだもの、涼くんが来てくれなくちゃ盛り上がらないわよ」 「そういうもんなの?」  聞いてないよ。と僕はマネージャーを攻めるような目で見つめた。 「あああ、ごめんな。まだ言ってなかったが、そういうこと」  まぁこの業界、突然の予定変更も飛び入りも無礼講だもんな。 「で、いつなんですか」 「今度の日曜日」 「えっ……そこは貴重なオフだったのに」 「悪い悪い。休みはまた今度な」  ついてない。久しぶりの日曜日休み。  やっと安志さんと会えるはずだったのに。  街は人目に付くから、洋兄さんのところで会おうと約束していた。  一緒に鎌倉の桜を愛でようとメールしたばかりだったのに。

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