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番外編 安志×涼 「乾いた心」7
「彼はニューヨークに?」
話を振ってみると、空さんの目が泳ぎだした。
「え? あ……うん、頑張っているよ」
「ちゃんと連絡していますか」
「えっと……」
明らかに動揺しているようで、その端正で生真面目そうな顔が崩れた。耳まで赤くして、さっきまで凛とした雰囲気で俺に忠告していたのに別人のようだ。
「上手く行っているようですね。よかった」
「鷹野くん、あの……」
「大丈夫ですよ」
「はぁ、君は真っすぐだね。その……察する通りだけど、なんていうかまだ何も起きていないというか」
「休みを利用して会いに行けばいいじゃないですか、彼も来て欲しいと思っているでしょう」
「……うん、でも」
「勇気を出して」
力を込めていうと、空さんははっとした表情になった。
「ありがとう。実は来週はニューヨークに出張が入ったばかりで、連絡すべきかどうか迷っていた。先日電話で、正月に会いに行くことを約束したのに、結局忙しくてまだ行けていなくて……今回仕事ついでなんて申し訳ないかと思っていたけど、勇気が出たよ。今晩連絡してみるよ」
「ええ、応援しています」
さっきもらった言葉をそのまま返すと、少し照れたような甘い顔をした。
陸さんもやるな。こんな真面目で可愛い人を恋人に選ぶなんて。
この話……洋は知っているのだろうか。
知ったら、喜んで応援するだろう。
****
モデル事務所で日曜日のボディガードの件の段取りを詰め、午後は社内で内勤をこなした。そして、そのまま夜は部署移動してきた俺の歓迎会を内輪でしてもらった。
「じゃあ鷹野気を付けて帰れよ! 」
「はい課長もお疲れ様です」
ひとりになって、どこかほっとした。
酒臭い息を吐きながら、ついでに溜息も吐いておいた。
空さんに指摘され外した腕時計の分、心が軽くなるどころか沈んでいた。
涼に会いたいよ──
心の中で素直な気持ちを吐露すると、それはずっと我慢したいた涙のように零れ落ちる。 涙を流しているわけでは決してないのに、泣いているような気持になっていた。
マンションの前までほろ酔い気分で帰って来て、空をぐっと見上げると、桜の木の隙間から三日月が見えた。夜桜と月の艶めいた雰囲気に、躰がぞくっと粟立つ。
恋人を抱きたいと思うのは自然だろう。
求めてもいいだろう。
もうこの一カ月近く充分に我慢した。
今すぐ涼のもとへ行きたい──
我慢できない気持ちが込み上げて来ていた。
ところがマンションの明りをふと見て驚いた。
電気がついている!
……ってことは、まさか!
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