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番外編 安志×涼 「乾いた心」8

「涼、お疲れ様。明日も早朝から撮影だから早く寝るように。今日のように目の下にクマを作ったら怒るからな」 「はい、すみませんでした。もう今日は朝から晩まで撮影でへロヘロだから、大人しく寝ます」 「じゃあ、明日は朝六時に出発な」 「分かりました、おやすみなさい」  マネージャーに送ってもらい、ひとり暮らしのマンションの真っ暗な部屋に入ると、寂しい気持ちが込み上げて来た。  カレンダーをみると、日曜日に桜のマーク。  あーあ日曜日……駄目になっちゃったな。  洋兄さんにも会いたかったけれども、久しぶりに安志さんと野外でデート出来るチャンスだったのに。  随分前からスケジュールを空けて死守していた休みが、こんなにも簡単に覆されるなんてがっかりだよ。  楽しみにしていたのは僕も安志さんも同じのはずだ。  お互い日曜日に会えるからと先延ばしにして、この一カ月近くメールや電話のみで会っていないことを激しく後悔した。  僕たち、こんなんじゃ駄目だ。  日曜日に会えないと思ったら、どうしようもなく今すぐに会いたくなってしまった。  僕は机の引き出しをあけて鍵を手に握り締め、危険を承知、無理を承知で……夜道へと駆け出した。  下手にマスクや帽子などを着用すると目立つものだ。  幸い安志さんのマンションへの道は街灯も少なく、人通りも少ない。  普通の大学生として、向かうだけ。  そう自分に言い聞かせ、撮影の時に必要なオーラを消していく。  マンションの下から見上げると、電気がついていなかった。  また残業かな。  ふと横を見れば満開の桜、枝の隙間から三日月が見えた。  頼りない月明りなので、花の美しさを享受しきれないのが、残念だ。  街灯があれば輝けたのか……いやこれでいいのかもしれない。  自然の美しさを照らすものは、自然の光がいい。たとえ世間には見えなくても、この桜は一際美しく輝いている。  誰にも邪魔できない月と桜の関係だ。  そんな風に思ったのは、丈さんと洋兄さんのことを思い出したから。    洋兄さんはプロのカメラマンも唸るほどのモデルとしての素質と才能を持っていた。ニューヨークで撮影されたものを見せてもらったが、誰もが息を呑む出来栄えだった。  僕なんかよりもっと深いところで、凛とした強い光を持つ人なんだ。  でも沢山の誘いに靡くことなく、北鎌倉の月影寺で丈さんと寄り添うように生きていくことを選んだ。  あの結婚式……静かな幸せで満ちていたな。  安志さんがまだ帰っていないことが分かったので、インターホンを押すことなく合鍵で部屋に入った。  この鍵はクリスマスの日にすれ違ってしまった僕に、安志さんがくれたもの。  やっと使える日が来たのは嬉しかった。  主のいない部屋に入るのは躊躇われたが、安志さんの過ごしている空間に入った途端、ほっとした。  いつ帰って来るのかな。  メールで連絡しようと思ったけれども、なんだかほっとしたせいか、すごく眠たくなってきた。  僕は最近……人工的な明りを浴びすぎて、少し疲れているみたい。  蛍光灯の明りが眩しくて消したいと思いつつ、安志さんのベッドに頭を乗せるような形で眠りについていくのを感じた。  帰って来るまで少しだけ。  少しだけ休ませて──

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