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番外編 安志×涼 「乾いた心」 10
閉じ忘れたカーテンの隙間から春の朝日が顔を覗かせる前に、僕ははっと目覚めた。まだ空は暗かった。
明け方? それともまだ真夜中なのかな。一体今何時だろう。まだぼんやりとしたままで、今自分がどこにいるのか摘めていなかった。
「あれ……えっ……僕……」
記憶を辿ってようやく、仕事が終わってから安志さんの部屋にやってきて、そのまま眠ってしまったことを思い出した。
「うわっ大失態だ!」
でもいつの間にベッドに?
暗闇に慣れて来ると、僕を抱きしめるように安志さんがすぐ横で眠っているのが分かった。
「安志さん……」
その姿に、やっと会えた喜びを感じた。安志さんの人肌に触れ、安志さんの鼓動を聴きながら、僕はぐっすりと眠っていたようだ。
もう疲れも取れ、頭も冴え冴えしていた。
それにしてもいつ帰って来たんだろう。全然気が付かなかったな。
安志さんの髪の毛からは、シャンプーの良い香りがしていた。スンと深呼吸するように吸い込むと、シトラスの香りに安志さん自身の竹のような爽やかな香りが混じり、僕を刺激してくる。
このままだとまずいと思い、躰をずらしたら、安志さんの腕が絡まるように深く僕の腰を抱いていることに気が付いた。
下半身が密着していることを意識してしまうと、それだけで躰が火照ってしまう。
「安志さん……起きてよ」
「……」
返事はない。
今度は安志さんの方がぐっすり眠っている状態なのか。
参ったな。
「……抱いて欲しくて来たんだよ。愛して、愛させて欲しくて」
愛とか好きだとか……実際に言葉に出して告げるには少々恥ずかしい台詞も、安志さんがまだ夢の中だと思えば自然と口に出せてしまうものだ。
「昨夜は帰って来る前に寝ちゃってごめん。起こしてくれたら良かったのに」
安志さん……お人好しだ。
でもそんな優しい所が好きだ。
だから耳元で僕は何度も囁く。
鳥のさえずりのように、愛の言葉を惜しみなく伝えたい。
「安志さんに会いたくてとまらなくて……ここまで来ちゃったよ」
まるで明け方を告げる鳥が鳴くように、僕の想いも止まらない。
眠っている安志さんの唇に、勢いづいて僕の方から口づけをしてしまった。
甘い──
あぁ……僕はあなたのことが本当に好きだ。
しみじみと込み上げて来る、率直な気持ち。
一度触れたら欲がムラムラと出て来てしまう。
欲しい──
無性に今すぐ抱いて欲しくなった。
自分の男の部分が張り詰めていくのを感じ、思わず安志さんの逞しい躰に縋るように抱きついてしまった。
その時、僕の腰を抱く腕に力が入った。
「えっ……まさか安志さんっ起きていたの?」
「あぁ」
低い寝起きの声が聴こえてきて、急に照れ臭くなってしまった。
「あの……いつから起きてた?」
「キスしてくれた時からかな。涼からキスなんて嬉しくて目が覚めたよ」
「うわっ、恥ずかしい」
寝ているとばかり思っていたのに、僕が求めていたのバレバレってわけか。しかもさっき僕の方から、下半身を擦り付けたような……
「涼会いに来てくれてありがとう、あんまり可愛く寝ているから起こせなかった」
「うっごめん。帰って来る前に少しだけと思ったら、ぐっすり寝ちゃって、恥ずかしいよ」
「疲れていたのだろう。頑張ってるもんな。お疲れさん」
ポンっと頭に手を置いてくれた。そうだ、日曜日の約束が駄目になったことを話さないと。
「あの……安志さん、ごめんなさい」
「どうした?」
「その……日曜日仕事が入って、北鎌倉に遊びに行くこと無理になってしまったんだ」
がっかりした顔を見たくなくて、思わず目を反らしてしまった。
すると安志さんは優しい声で答えてくれた。
「あーそっか。いや実は俺の方も駄目になってしまったんだ。なんか言い出しにくくてさ。まだ連絡できてなかった」
「安志さんもなの?」
「そうだ。急な仕事でごめんな」
「そうかお互いだったのか。じゃあ今回は縁がなかったんだね」
ほっとしたような、寂しいような。なんだか上手くいかないことへの腹立たしい気持ちが込み上げて来る。
「おい、涼、そんな風に言うな。その分今日会いに来てくれたんだろう?」
「そうだけど……」
安志さんは寂しくないの? 僕は寂しいよ。
お互いの仕事のすれ違いが多すぎて、このままちゃんと進んでいけるか、時々不安になってしまうよ。
だって僕はまだ経験も知識も少ないから。十歳も年上の安志さんを、言葉と態度で安心させてあげることが出来ていない。
今日だって、こうやって甘やかされてなだめられてしまうのは僕の方。
歳の差が縮まればいいのに。
普段は意識していないのに、こういう時の対応の差を感じて、勝手に傷ついてしまう。
「涼、どうした?何を考えている」
「……抱いて欲しくて」
なんとも昇華しきれない想い。
うまく言葉に出来ない気持ち。
でも躰を重ねると、心の深い部分で分かち合えるような気持になれるんだ。
だから僕は安志さんに抱かれるのが好きだ。
「俺だって……抱きたいよ。でも、いいのか。疲れていないか。時間あるのか」
「安志さん……大丈夫だから、お願いだ。求めて欲しい」
普段ならこんなこと口にしないのに、今日は零れてしまう。
そしてその僕の言葉は、安志さんを煽るのに充分だった。
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