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番外編 安志×涼 「君を守る」6

 イベントは暴漢の乱入のせいで、騒然としたまま終わってしまった。  せっかくのイベントが台無しになってしまい、集まってくれたファンにも申し訳ないし、何しろ演技の途中で降板したような悔しい気持ちが残っていた。  そのまま僕は警察に事情聴取を受け、やっと解放されたところだ。  安志さんが治療している病院へ早く駆け付けたい。  焦る想いで控室で荷物を鞄につめていると、サオリちゃんが入って来た。  何故か周りには誰もいない。 「サオリちゃんどうしたの? 」 「涼くん、大丈夫だった? 怪我とかしていない? 」 「あぁサオリちゃんこそ無事だった? 」 「うん、咄嗟に涼くんが守ってくれたから、ありがとう」 「そんなの当然だよ。あの……僕急ぐから」  今は申し訳ないけれども、サオリちゃんとゆっくり話している気分ではなかった。 「あっちょっと待って。これボディガードをしてくれた鷹野さんに渡してくれない?」 「何? 」  ドクンと心臓が鳴った。さっき控え室で見た光景が過り、安志さんと抱き合っていたのは何故なのか無性に尋ねたくなってしまった。  受け取ったのは今日のイベントの主催者の時計ブランドの紙袋。中には正方形の箱が入っていた。見覚えがある大きさだ。 「えっ……これって」 「涼くんモデルのあの腕時計よ。今日のイベントのご褒美で社長さんがくれたの。これを鷹野さんにあげる!」 「でも……なんで?」  よく意味が分からなかった。この時計はサオリちゃんが散々欲しがっていた物のはずなのに。 「だって……鷹野さんは涼くんを守るために必死に戦って、時計が割れちゃったから。でもカッコ良かったよ。それに鷹野さんって、涼くんの大事な人なんでしょう?」 「ええっ!?」  これにはかなり動揺してしまった。まさかサオリちゃんがそんなことを言い出すなんて。 「大丈夫。サオリの心は海よりも広いのよ。それにねっサオリの従兄弟のお兄ちゃんもそうだから。なんとなくピンときたの。誰にも言わないから大丈夫だよ」  甘い微笑みに不安になってしまう。 「さぁ早く言ってあげて。あのカッコいいボディガードさんがカレシなんて羨ましいな。サオリね、さっき握手会の途中で怖くなってしまって思わず抱きついちゃったの、へへごめんね。すっごく優しく励ましてくれたよ。ただサオリの胸があたっても全然靡かないから不思議に思ってた」 「……」  どう返事していいか困ってしまった。でもサオリちゃんが譲ってくれた腕時計に、彼女なりの思いやりを感じ有難いと思った。  若くて綺麗なだけじゃなくて、サオリちゃんは心が優しいと思った。  そして僕は無性に安志さんに会いたくて仕方がなくなってしまった。 「ありがとう!もう行くよ」 「あっ、そうだ朗報!さっき涼くんのマネージャーさんが涼くんも精神的にストレスを感じただろうし、世間が騒がしいから今週は全ての仕事をキャンセルしてお休みだって! 良かったね。一週間もだよ」 「本当?」 「良かったね。デート出来るじゃん!彼と」 「……」  サオリちゃんの鋭さには、たじろいでしまった。肯定も否定も出来なかったけれども、もうバレバレだったと思う。  エレベーターの鏡に映る僕の明るい表情が、すべてを物語っていたから。 ****  マネージャーに僕を庇ってくれたボディガードさんのお見舞いに行きたいと願い出ると、快くOKしてもらえた。  だから今から車で病院へ向かう。  新しいマネージャーは、僕がスカウトされた当時のことを知らないので、安志さんと僕の関係に全く気が付いていない。 「あっ涼は明日から一週間オフな。ちょっと事件が事件で事務所にも問い合わせが殺到し騒がしいから、しばらく大人しくしていてくれよ。マンションには帰らない方がいいかも」 「分かりました。お見舞いに行ったら、そのまま日本での身元引受人の従兄弟の家に行こうかと思います」 「あっもしかして洋さんのところ?」 「そうです」 「あぁそれがいいね、なんでも北鎌倉の静かな所に住んでいるらしいから」 「はい」  咄嗟に思い立ったことだけれども、きっと洋兄さんなら受け入れてくれると思った。何より僕も洋兄さんに会いたくなっていた。 「さぁ着いたよ。一人で大丈夫か。まだ仕事があって付き添ってやれないが」 「大丈夫です。病院からはタクシー使って帰ります。明日から洋兄さんの所にいますので、よろしくお願いします」 「了解。こういってはなんだが、久しぶりにまとまった休みだ。ゆっくりリフレッシュしてくるといいよ」 「はい!」 ****  安志さんは全身に切り傷があり、何箇所か縫う程の深手だったらしい。念のため今日は一泊入院すると聞いている。  とにかく一目でいいから会いたい。  さっきは安志さんは救急車に、僕は警察の人と立ち合いに向かったので、話しかける間もなく離れ離れになってしまった。  僕を守ってくれた。  助けてくれた。  すごく怖かったが、傍には安志さんがいてくれた。  早く会いたい。  お礼を言いたい。  無事を確かめたい。  病室へ向かう足取りが、どんどん加速していく。

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