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振り向けばそこに… 3
へぇ同じ時期に、同じクラスに転校生がいるなんて珍しいな。廊下を歩きながら、隣を歩く奴に挨拶しようと思ったが、自分からするのも癪なのでやめておいた。
すると先にそいつの方から挨拶をしたのは意外だった。とっつきにくそうな奴と思ったが、そうでもないのか。
「よろしくな。オレは 岩本 拓人《たくと》」
「俺は森 薙《なぎ》だ。よろしくな」
本当のことを言うと少しだけ心細かった。なんだかんだいって慣れ親しんだ都会の学校を一学期でやめて転校するなんて、どうでもいいと思っていたが、いざこうやって転校生として注目されるのは、居心地が良いものではなかった。
コイツがいてよかったな。一人じゃないという安心感をもらえる。
案の定、先生が教壇に俺達を立たせ紹介を始めると、クラスメイトになる奴からの視線が痛かったのに、隣の奴は堂々としていた。
ふぅん……こうやって並ぶと肩の位置が全然違うな。オレよりも背が10cmは高いのか。なんか悔しいな。
「皆、おはよう。このクラスに今日から加わる転校生を紹介する」
「きゃー! 嘘! ねぇあの子すごくカッコイイ!」
「もう一人は可愛いし、綺麗!」
騒めく女子の声が鬱陶しいと思った。
可愛いとか綺麗とかは、おそらくオレへの賛辞なんだろうが、そんなの少しも嬉しくないんだよ。本当にこの顔が恨めしいよ。それ聞き飽きた。
それにしてもカッコイイって? チラッと隣の奴を見ると、確かに背も高く目鼻立ちも整っていて、精悍なカッコいい男かもしれない。どことなく流さんを思い出すような感じか。
あ……オレはまた流さんのことを思い出してしまった。なんでこんなに気になるのか分からない。
****
インターホンが鳴った。いよいよ内覧会だ。
俺は翠さんと流さんと一緒に、母屋の玄関へ向かった。
「洋くん、いよいよで楽しみだね」
翠さんが穏やかな笑みで話しかけてくれる。彼の笑顔は今はとても穏やかで落ち着いていた。
最近……翠さんの表情が揺れているのを知っている。朝、薙くんを見送るときはとても寂しそうだったから。
「はい、俺も楽しみです」
ドアを開けると、リフォーム会社の野口さんという女性が立っていた。
「おはようございます。あら、丈先生は?」
「よろしくお願いします。丈は仕事で立会いできないのを残念がっていました」
「そうかぁそうよね。お医者様は多忙ですもの。えっとこちらは」
「あっ俺の……兄達です」
自分でそう説明してものすごく照れてしまった。こんな風に翠さんと流さんのことを、改めて第三者に紹介したことがなかったから。
「まぁ、立派なお兄さんがいるのね、こちらの方は特に丈先生に似ているわ」
「ははっよく言われます。丈より男前で気さくでしょう」
「まぁ!」
「流、変なことを言うな」
笑顔で和やかな内覧会が始まった。
ここは長い工事期間を経て、やっと完成した俺と丈の家だ。
一歩入ると新築の家の匂いがした。
丈が俺のために考えてくれた間取りは図面では確認していたが、それが現実のものとして眼の前に広がっているのが信じられない。
「わっ……」
そのことに感激して言葉が続かない。
「洋くん、じゃあ一緒に確認してもらえますか。床の傷や壁紙のたるみ、そのほか扉の開閉がスムーズかとか確かめていただいてもいい?」
「洋くん、さぁ行っておいで」
感激のあまり、ぼんやりとしていたようで、翠さんに肩を叩かれてはっとした。
早く丈にも見せたい。丈とも見たい。 そんな嬉しい気持ちが、次々と波のように押し寄せて来る。
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