771 / 1585

振り向けばそこに… 4

「森くーん」  休み時間になると一斉に机の周りにクラスメイトが集まって来た。これがよくあるテレビドラマのような転校生の初日のシーンって奴か。 「ねぇねぇどこに住んでいるの?」 「ねぇどこから越してきたの?」 「ねぇ背はどのくらい?」 「ねぇ兄弟はいるの?」 「ねぇ…」  ねぇから始まる会話に、もううんざりだ。  だんだんイライラして机をバンっと叩いて教室を出た。そのまま無鉄砲に階段を駆け上がり、屋上への扉を開けると突き刺すような夏の光が届いた。 「まだ暑いなっ、くそ」  じりじりと焼けるような屋上のフェンスにもたれコンクリートに直接座り、足を投げ出した。残暑の中にも少しづつ秋の気配が漂う高い空を仰ぎ見れば、フランスへ行ってしまった母のことを思い出してしまった。  着いたとの連絡も寄こさないで、今頃何してるのか。  母は自分に夢中な人だから、オレなんてやっぱりいらなかったのか。そんな風にいつもは決して思わないことを考えてしまい嫌になる。 「くそっ。弱音を吐くなんて」  それにしても残暑の日差しがギラギラとして眩しい。  流れる汗が目に入りチクリと染みた。  はっ……これじゃまるでオレが泣いているみたいだ。  そう思っていると屋上の扉が開く音がした。そして影が近づいてくるのを感じた。  誰だ……? 「泣いているのか」  そんなことを言われて慌てて飛び起きると、さっきのあいつが立っていた。 「……泣いてなんかない」 「そう?俺は泣きたい気分だ」  へっ? なんだか不思議なことを言う奴だ。 「お前、森 薙だったよな。薙って呼んでいいか」 「いいよ。じゃあ俺は拓人って呼ぶよ」 「あぁ、転校生同士仲良くやろうぜ。女子の構ってちゃんが鬱陶しくて逃げて来た」 「あーお前も?」 「苦手だ」  苦笑するその笑顔……こいつは悪い奴じゃないのかも。  そんな判断を偉そうに俺は下していた。 **** 「まずは玄関入ってすぐが書斎よ。左が洋くんで右が丈先生の机。二人の間には本棚を設置したけれども、お互いの手元は見えるように作ったのよ」  なるほど、俺も丈も本を読むのが好きだから、助かるな。それに机の背後にも天井まで届きそうな本棚が設置されていた。 完全に区切っているわけでなく、手元が見える距離がいいな。適度なプライベート感、適度な距離。そんな気遣いに嬉しくなる。 「ふふ。お気に召されましたか。丈先生は、洋くんの姿が見えないと不安になるのかしらね。完全に塞がないでくれと強くご要望があって」 「え……」  それは俺の方だよ。確かに丈は病院の仕事を家に持ち帰って、俺に背を向けてPCをすることも多かった。その後姿にテラスハウスでのすれ違った日々を思い出し、少し寂しかった。でもこれならすぐ横にいられるし、邪魔にならないよな。  あの長い指先を見続けられるのが嬉しい。  あの指先で……  あー俺……なんか変だ。  丈のことに関しては、いつもこんな妄想するようになって恥ずかしい。 「ふふっもしかして丈先生のことを考えているのかしら。そうだわ、洋くんは丈先生の働いている姿を見たことがありますか」 「いいえ、そういえば……そう言う機会がなくて」 「まぁ勿体ない。先生の外科医としての腕前はすごい評判で……女性からも人気が、あっ余計なことよね。でも先生はご自分で結婚しているからといって、患者さんからのバレンタインのチョコレートも丁寧に断っていたわ。すごい愛よね! 私の義理チョコも無残だったわ」 「そっそうなんですか」  そう言われて恥ずかしくなる。  そういえば丈が外でどんな姿で働いているか、どんな評価をされているかについて……俺は無関心過ぎた。  そう思うと、急に丈の職場を見たい気分が高まってしまった。 あとがき アトリエブログに二人の新居の画像があります。 https://fujossy.jp/notes/15966

ともだちにシェアしよう!