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振り向けばそこに… 5
「続いて書斎の奥がベッドルームですよ」
案内されたのは書斎とは小さな飾り棚を間仕切りに配置された、俺達のベッドルームだ。
大人が二人で寝ても充分な広さのマットレス。これはキングサイズというのか。こんなにゆったりと広いベッドは初めてだ。そして海底のような深く碧い色のシーツがもうセットされていた。
内覧会というから、まだ細かい家具や寝具はこれからだと思っていたら違った。
いつの間にか飾り棚には地球や本が、ベッドには海の碧色のシーツに紫色の筒型のクッションが……壁紙は北欧の森林を思わせるグリーン。そこに木立のモノトーンの絵が飾ってある。
なんて落ち着く空間だろう。
「洋くん、座ってみて」
「はい」
座ると、ホテルのベッドなどよりもずっと座位が低かった。これはこれで安定感がある。
「ベッドで横になっていても、この高さなら窓の外のお庭がよく見えるでしょう」
「あぁ、なるほど」
壁一面の大きな窓だ。
そこからは月影寺の木々が迫るように見えていた。まるで一枚の大きな絵のようだ。
これからは、ここで丈に抱かれながら、移ろう四季を共に楽しめるのか。そう思うと、季節が巡っていくのが待ち遠しい位だ。
「へぇーいい眺めだな。洋くんこのベッド気に入ったよ」
「流、よさないか」
「あっ流さん、その作務衣泥だらけ」
「あっ悪いな」
「ははっいいですよ」
気持ち良さそうに流さんがマットレスへとダイブしていて、おかしくて笑ってしまった。丈とは対照的な性格だ。体格や顔は似ているのにな。
丈……早く帰って来て欲しい。
俺、丈と早くこの新しい家を見たいよ。
「それからこちらは、バスルームです。えっと丈先生が広めをご所望でして……コホン」
野口さんの慎ましやかな咳払いが、返って意味深なようで恥ずかしくなる。確かに一般の住居より広いバスタブだった。
大人の男二人でも、余裕で入れる大きさということだよな。その横にはシャワーブースまであって至れり尽くせりだ。
「へぇ……綺麗なバスルームだ。兄さん、こんなバスルームが茶室にもあればいいですね」
「え?あっああ」
何故か翠さんが動揺している。
「流さん、でもなんで茶室に?」
「あぁ、あそこは敷地に余裕もあるのに茶室だけじゃ勿体ないだろう。少し俺もリフォームして、専用の作業場にしてもいいかなって思って。そうだ寝泊り出来るスペースも欲しいしな」
「あぁ、確か今のプレハブの工房はこの冬の大雪で屋根が崩れそうになっていましたものね」
「そうそう、洋くん分かってくれるか。俺の苦労。冷暖房もなくて辛いぞ。兄さん、茶室を増築して俺の作業場を作りたいと思いますが、どう思いますか」
「え……うん、そうだね。流のしたいようにすればいいよ」
翠さんはどことなく恥ずかしそうに、それでもどことなく嬉しそうに頷いた。こういう淡い甘い表情を見せる時の翠さんは、本当に弟の流さんのこと大事に思っているんだなと思う瞬間だ。
それにこの感じは……丈と俺の雰囲気と少し似ている。でもそれって……兄が弟を大事に思うだけなのだろうか。
「洋くん、ほら、野口さんが呼んでいるよ、次はリビングだってよ」
「あっはい」
変なことを考えてしまった。
でも……むしろこの考えが当たっていたら、しっくりくるとも……
二人の間に流れているのは「兄弟の愛情」以上なのかもしれない。
もしそうならば、俺はむしろ嬉しい。
長男として月影寺を担っている翠さんの重責を、全身全霊でサポートしてくれるのが流さんだったらいいのにと思っていたから。
丈と俺がそうであるように、そんなことがあればいいのに。
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