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振り向けばそこに… 10

「きゃぁ! 大丈夫ですか! 誰か先生を呼んで!」  私は洋と二人で会うために、先に自分の部屋へ向かっていた。ところが廊下の奥で看護師の声とどよめきが聞こえたので振り返ると、廊下の床に洋がぱたりと倒れていた。  そしてその横に白衣の男と看護師が数人集まっているのが見えた。  洋っ!  私は慌ててUターンした。  洋は私ではない白衣の医師に診られていた。看護師も周りで熱心に心配している。  蒼白な顔だ。苦しそうに眉根を寄せて意識を失っている。  医師の手が洋の胸にしっかりと触れ、細い手首を掴んで脈を確かめている。 「先生どうです?」 「あぁ大丈夫そうだ。おそらく貧血だな。誰かこの……えっと……男性をベッドに運ぶから、部屋を用意して」  的確な指示を出す医師は、私の同僚だった。  彼が洋の身体を起こして、膝裏に手を入れて横抱きに抱き抱えようとしたので、茫然と様子を眺めていた私は慌てて制止した。 「ちょっと待て。彼は私の所に来た知り合いのライターだ。私の部屋で休ませる。お前はもういいよ」  そう言って私は同僚の間に割り込んで、洋を抱き上げた。  私だけの洋だ。私がいる前で他の男に抱かれるなんて許さない。たとえそれが医療行為であっても駄目だ。 「えっ、張矢が自ら?」 「張矢先生が?」  医師も看護師も目を丸くしている。 「軽い貧血だろう。部屋で休ませてくる。一時間後には戻るよ」 「え……まぁ……じゃあ先生にお任せしても? 私たちこれからお昼休みなんで」 「了解した」  先日に引き続きこんな風に洋を横抱きして廊下を歩くと、また出会った当時のことを思い出してしまう。  車の中で貧血を起こした洋を抱きかかえ、会社の医務室まで歩いた。いつだってあの時の淡く甘酸っぱい感情が蘇ってくる。  しかしいつになったら洋の貧血は治るのか。先日も落雷の夜に倒れたばかりだ。一度検査が必要かもしれないな。生まれつきの性質だろうが……  コイツは……全く心配ばかりかけて。  だがおそらく今日の貧血の原因は、私が長時間待たせてしまったからだ。  胸が痛くなる一方で、水分も食事も取らずにずっと私を待ってくれた健気な行動が嬉しくなるなんて、本当に私は医師として失格だ。  それにしてもあんな所で倒れるから、余計な人たちにこの美しい顔を晒してしまったな。  私の白衣で洋を隠してしまいたくなるほど、さっきは嫉妬した。  出会った頃から、私が抱けば抱くほど色香を増していく洋は、他の人にあまり見せたくない。  そんな自分勝手な考えで洋を束縛したくないのに。  私は……そこまで洋に溺れているといるのだ。 ****  野口さんに茶室を見てもらい、次の打ち合わせの約束をして別れた。  そのまま俺達は茶室で二人きりで話した。  この茶室は滝つぼの近くにあるので、寺を訪れた人が迷って入り込まないように、ずっと手前で立ち入り禁止にしてある。以前、滝つぼの岩場が崩れて洋くんが溺れかけたことがあったしな。  ここには……つまり俺達以外は入れない。寺の者にも、いつも危険だからと、きつく言ってあるので安心だ。 「流、本当にここをリフォームをするのか」 「何か不満でも?」 「……不満なんてない」 「じゃあいいな。いずれにせよ薙を引き取った以上、翠と母屋で触れあうのは無理だろう。俺達だけの場所が欲しい。気兼ねなく翠に触れたいんだ。翠を抱ける場所がないと俺は駄目だ。もう長いこと待ったから、これ以上我慢したくない」 「流、そんなことを……あからさまに……」  こんな時すぐに目元を朱色に染めてしまう翠が可愛いと、俺は目を細めて見つめた。ずっと見慣れてきた兄なのに、俺の前では俺の恋人の顔を素直にしてくれるようになったな。 「この茶室……流が突然建てたと聞いた時は驚いたな。まさかここをそんな風な目的で使うことになるとは」 「全くそうだな」  滝の水音、初秋を迎える寺庭の木々を眺め、過ぎ去った過去を想い出す。  翠が結婚してこの寺を出て行ってしまった日々のことを。  この清々しい空気と翠色の森に囲まれる茶室で、翠色の茶を点てる事で、当時の俺は何とか呼吸をしていた。  何度ここで翠の裸体を思い浮かべ、弄ったことか。それは決して言えない。 「翠……いいか」  横に座る翠の顎を掴んで、唇を合わせる。 「流、駄目だ。まだ昼間だ」 「ふっ可愛いことを言うんだな。散々この前はここで……俺にあんな姿を見せたくせに」

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