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ただいまとお帰り 9

「あっそうか」  風呂から上がりバスタオルで躰を拭きながら、着替えがないことにようやく気が付いた。昨日の肌着をつけるのは流石に憚られて、結局そのまま再びバスローブを羽織った。 「丈、お待たせ」  キッチンへ行くと、丈が朝食の仕度を手際良くしている最中だった。 「やっぱり丈は器用だよな」 「上がったのか。洋服は?」 「まだ洋服はこっちに移していなかったよ。昨日ここに泊まると思っていなくて……あれ? なんで丈は着替え持っているんだ」 「先に準備しておいた」 「えっいつの間にずるいな。俺はまだバスローブ姿なのに……」 「洋はその方が色っぽいぞ。懐かしいな、そういう姿。今、下着つけているのか」 「馬鹿!ほら焦げるぞ」 「おっと」  そんなに嬉しそうに笑うなよ。陽だまりの中で。  俺は未だにまだこの幸せに慣れなくて、ぎこちないっていうのに。 「まぁ後で取って来てやるから、まずは食べよう」 「ん、それ美味しそうだね」  キッチンカウンターで調理中のサンドイッチを覗き込むと、淹れたてのコーヒーを手渡された。 「運んでおいて」 「OK」  ソファに座ると、キッチンで料理をする丈の姿が真正面に見えた。  背が高い丈に合わせたのか、後ろの棚の位置もキッチンカウンターの高さも丁度良いらしく動きがスムーズだ。 「丈は料理や家事が本当に手際いいよな。いつ覚えたんだ?」 「どうした? 急にそんなこと」 「ほら、さっき教えてっていったじゃないか。丈のこと、これからはもっと知りたいと思っている。俺に出会うまで、どんな人生を送ってきたのか知りたい」 「ふっ、洋がそんなこと言うなんてな」 「駄目か」 「ははっ、最近の洋は少し翠兄さんに似て来たよ。流兄さんの気持ちが分かるな。お前に頼まれて嫌と言えるはずないじゃないか」 「そう?」 「少しずつでいいか。ゆっくり話していこう。時間はいくらでもある」 「うん聞かせてくれ」 **** 「なぁ流、駄目か」 「翠兄さん……また俺を使うんですか」 「だってきっと困っているよ」 「そのうち自分で取りに来ますよ」 「いや……やっぱり届けてあげた方がいい」 「はいはい、分かりましたよ」  朝食を食べ終え、学校へ行く薙を見送ってから再び台所に戻ると、兄さんが手に紙袋を持って立っていた。  どうやら昨日母屋に戻らなかった洋くんの着替えを、洗濯物の中から詰めたらしい。  まぁ確かに下着の着替えがないのは困るよな。きっと昨夜はあいつらにとって初夜みたいなもんだ。洋くんの当然下着は汚れているだろうしな。  おっとこんな不埒な妄想をするなんて、下世話だよな。  しかし俺が急に行ったらお邪魔だろうに。  洋くん、頼むから……何か身に着けていてくれよ。  翠はそういうのに鈍感というか、まぁせっかくの翠の心遣いを無駄にするわけにもいかないし……っていうか自分で届ければいいのに!  まったく意地が悪い。俺が翠の頼みを断れないことを知っての悪行だな。  それでも、やれやれと言う気持ちだけではない。  新婚さんの初日を冷やかすような好奇心もあって、離れまで荷物を届けに行くことにした。  離れへの道すがら、俺も翠と気兼ねなく過ごせる空間が欲しいと思った。  どんな部屋がいいか想像してみると楽しい作業だ。まずは風呂場は必須だ。檜の香がする風呂なんて翠の清らかな雰囲気と合うだろうな。茶室もあるから、全体的に和風な家になるだろう。  考えだしたら止まらない。  愛しい人との住まいを想像するのは、こんなに楽しいものなのか。  俺は離れの外観に、翠との架空の新居を重ねて仰ぎ見た。

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