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ただいまとお帰り 10
「ほら、またここにソースつけて」
「あっ」
丈の長い指先で、唇の端を拭われた。俺は丈に触れられるのに弱いから、心臓がこんな仕草でも、すぐにトクンと跳ねてしまう。
「いいって」
身体を捩った拍子に、手に持っていたオープンサンドがボロボロと崩れ落ちた。
「わっ」
ベーコンやトマトの具が、バスローブにドサッと零れ落ちてしまった。
「おいおい」
「ごっごめん」
「はぁ……洋は相変わらずだな。本当に不器用だ」
「あっ言うなよ。あーあトマトのシミが付いちゃった」
言われなくても俺が不器用なこと位知っているよ。まともに出来るのは、おむすび位だってこと。
母が亡くなった後、何度か自炊にトライしたが、失敗ばかりだった。作っても誰も一緒に食べてくれる人もいなかったし、焦げた魚やパンをかじると、とても苦かったことを思い出す。
「おいで」
丈が俺の腕を取り、再びバスルームへ連れて行く。
「なっ何?」
「何って、汚れたから着替えないと駄目だろう」
「えっ」
するりと丈の手によって、バスローブを肩から剥かれていく。
「だっ……駄目だって」
だって俺……下着つけてない!
今バスローブを脱いだら全裸になってしまう。
「だがシミになるだろう」
「あっ……えっ……」
背が高い丈に腰をぎゅうっと抱かれれば、つま先立ちになってしまう。
「いやだ!」
「この期に及んで?」
丈が、やらしい手つきで太腿をさわさわと弄り出す。そこはとても皮膚が薄く感じやすい場所だから、内股を辿られれば腰が震えてしまうのを知っている癖に。
涙目で丈を見つめると、丈は目で笑っていた。
「新居っていいものだな。朝からこんな風に洋と抱き合えるなんて」
「もう、手つきがやらしいよ」
「洋が汚した罰だ。食べ物を粗末にするなんて」
そのままガバッっとバスローブをはだけさせられ、さっきも確認した昨日の情事が残る肌と乳首を丈がぺろりと美味しそうに舐めだした。
「あぁ……駄目だって! 丈っ……もうっ、遅刻するだろう!」
****
時計を見るともう八時過ぎだ。
うん、この時刻なら二人は流石にもう朝食を食べている頃だろう。
しかし、いい造りだな。昨日の内覧で、俺はバスルームから見えた大きな窓が気になっていた。
茶室にも大きな浴室を作ってやりたいと一目見て気に入った。月影寺の本堂の風呂は古びていて、せっかくの檜風呂も黒ずんでもうボロボロだったからな。それに日によっては宿坊の客と共同に使うこともあるので、翠が気兼ねなく入れる状態ではなかった。
翠に解放感のある風呂を贈りたい。
だがあの大きな窓って本当に大丈夫なのか。外からどの位見えるんだか……どうも心配だ。
俺の大事な翠の裸体を、よこしまな奴には絶対に見せられない。
離れまで来て、ふと俺は正面玄関ではなく裏手に回ってみた。
軽い、ほんの思いつきだった。
風呂場の窓から中がどの程度見えるか確認するために、茂みをかき分けた。
窓は確かに人気がない庭の竹林に向かって設けられていた。ふむ……これなら確かに、窓を開けたまま入浴しても大丈夫そうか。
おっと!
突然、窓の向こう側に肌色の人影で現れたので、まだあいつら風呂に入っていたのかと慌てて茂みに身を隠した。
だが好奇心が勝り、悪いと思いつつ、目をやると……仰天した!
洋くんがバスローブをはだけさせ、丈に抱かれていた。洋くんは胸を反らし、丈が覆い被さっているように見える。
うわっ……あいつら!
なんというか……確かに弟たちなんだが、どこか映画の中のような情景で、綺麗だとすら思った。
洋くんが身を捩る度に、白いバスローブが花が開くように剥けて、洋くんの白い肌が露わになっていく。
酷く淫らで官能的だ。
いつしか俺はその情景を、自分と翠に置き換えていた。
俺たちも茶室を改装して、開放的な浴室を手に入れよう。
そして翠をあんな風に裸に剥いて……うぉぉ、これ以上は駄目だ。
また……鼻血が出る。
っとその時突然、背中をトントンっと叩かれた。
「こんな所で何してるの?」
はっと焦り振り返ると、そこには薙が立っていた。
「わ! お前、学校行ったんじゃ」
「忘れ物したんだよ。そうしたら流さんが茂みを分けて入っていくのが見えてさ」
「はぁ……いい所だったのに」
「えっ何が?」
「いや、そうだ筍堀りをしようと思ってな」
「こんな季節に?」
思いっきり怪訝そうな顔で見られて苦笑した。
俺はアホだ。
「竹の様子を見に来ただけだ。ここはぬかるんで危ないから一人で入るなよ!」」
「うん、分かったよ」
「さぁ行くぞ。何を忘れた? 届けてやったのに」
「体操着……」
結局洋くんに下着を届けることは出来ず、そのまま母屋にUターンして翠に呆れられた。
「一体どこを寄り道していたんだか、もういいよ。僕が行ってくる」
「えっ翠っ、ちょっと待て!」
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