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ただいまとお帰り 11
「丈、もうっ……いい加減にしろよ」
「ん、分かった」
流石にこれ以上戯れる時間はないようだ。丈から解放されたので、腰紐だけを残し淫らにはだけてしまった白いバスローブを急いで直した。
丈に舐められていた乳首はぷっくりと濡れて色づいて、物欲しそうに尖っていた。
とうとう……こんなにも過敏に反応する躰になってしまった。
改めて実感する瞬間だ。
洗面所の鏡には、昨夜の情事の名残が散る躰が映っており、明るい所で見ると、自分の躰なのにとても卑猥な感じがした。
首筋にキスマークを数カ所付けられていた。丈は俺がここが弱いって知っていて、つけるんだよな。
辿って行けば昨日の唇の在処を思い出し、躰に新たな熱が生まれてしまう。
もう自制しないと。
「洋、悪かった」
俺が黙っているので、怒ったと思ったのだろうか。心配そうに不安そうに覗き込まれて、いつもの丈らしくないと苦笑してしまった。
「いいよ。俺も嫌な訳じゃなかった。でも着替えが欲しいから、取って来てくれないか」
「あぁ、ちょっと待ってろ」
母屋に取りに行く丈の背中を見送りながら、ふたりきりの朝の余韻に浸った。
今までだってソウルで暮らしていた時、似たような生活をしていたが、なんというか……あそこでの日々は仮住まいのようなものだったから、こうやって丈の実家に新居をどっしりと構え、ふたりで朝を迎えるというのは、やはり新鮮な気持ちになるものだ。
散々抱かれた躰が、まだ熱を帯び火照っている。
****
幸せな朝だった。
愛する人と交わり、そのまま眠りにつき、目が覚めてもなお愛しい人が胸の中にいることに、感動すら覚えた。
ソウルでも洋とは似たような日々を送っていたが、安住の地で初めて迎えた朝は格別だ。まぁソウルへのきっかけは逃避行だったしな。向こうでの生活は貴重なものだったが、私が育ったこの月影寺で暮らせる喜びは別物だ。
長い間、洋だけでなく私も旅をしていたような気がする。
旅といえば……翠兄さんと流兄さんの弟として生まれたはずなのに、何故か自分の兄弟という気持ちを持てずにいた昔を思い出す。
離れから母屋への道を歩いていると、向こうから翠兄さんが歩いて来るのが見えた。
袈裟姿の美しい兄の佇まいは、本当にこの寺に相応しい風情を醸し出している。洋の憂いを含んだ月影のような楚々とした美しさとはまた別の澄んだ美しさを、この兄は纏っている。
しっとりと雨に濡れる新緑の若葉のような奥ゆかしさだ。
思い返せば、いつも落ちついて穏かな兄だった。
怒っている姿を、見たことがない気がする。
だがそれは……言い換えれば、何もかも我慢してしまう人だった。
私のこともいつも気遣ってくれたが、それよりも無意識に流兄さんのことを心底心配し、大事に思っていたことを知っている。
あの入り込めない絆は一体何なのか。
そんな兄が近頃とても幸せそうな笑顔を見せることが多くなった。
私はずっとこの美しい兄に何もしてあげることが出来なかったので、今、兄が幸せなら……それが嬉しい。
「あぁ丈、ちょうど良かった」
「翠兄さん、どうしたんです?」
「これ、洋くんの着替え。その……困っていると思って」
「助かります。今取りに行こうと思っていたころで」
「ふぅん……やっぱり流は来なかったんだね」
「?」
「流に届けさせたのに渡さずに戻って来たから。どこを寄り道していたのだかな」
まさか流兄さんにさっきのを見られたのか。
はぁ……きっとそうだな。
あの兄は、宮崎でもいろいろ仕出かしてくれたし油断ならない。
全くどこまでが本気でどこまでが冗談なんだか。
「丈、今、とても幸せそうな顔しているね」
「は?」
今は流兄さんに対して怒っていたつもりだったのに、それでも頬が緩んでいたのか。情けない。
「お前、雰囲気がとても柔らかくなった。昔……この寺で一緒に暮らしていた時とは別人のようだ」
「そうですか」
確かに愛想のないつまらない弟だった自覚は、重々ある。
「丈が幸せになってくれて嬉しい。そしてその相手が洋くんだったことが、もっと嬉しいよ」
しみじみと目を細めて、そう呟く翠兄さん。
翠兄さん自身が今幸せだから、そんなにも優しい言葉を紡ぐのでは……
兄さんを幸せにしてくれている相手が、もしかして近くにいるのか。
特に宮崎旅行から帰ってきた後の兄さんの和らいだ雰囲気が、私にそのような考えを起こさせている。
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