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初心をもって 1

 丈から紹介されたライターの仕事は、拍子抜けするほどすんなり決まった。  広告代理店の担当者と電話でやりとりして簡単な経歴や実績を話すと、たまたま俺が助手をしている翻訳家の先生のことも知っていたし、俺の書いた医療系の翻訳記事にも触れてくれていたそうだ。  出社したその日のうちに事前に聞いていた通り、京都で開催される日本心臓血管外科学会の取材を任された。それは丈も出席するものだった。  こういう時、話がトントン拍子で進むのにはきっと理由がある。  京都が俺を呼んでいる。  そう思えて仕方がない。 ****  学会取材の三日前から、俺は翠さんと一緒に一足先に京都へ行くことになった。朝から荷物を詰めたり慌ただしく準備をしていると、出勤前の丈が話しかけてきた。 「洋、楽しそうだな。だが、くれぐれも気を付けろ」 「今回は翠さんと一緒に行くから大丈夫だよ」 「……」  言葉が続かないので不思議に思い顔をあげると、丈は何か言いたそうな表情を浮かべていた。 「何? そんなに信用ない?」 「いや……洋、教えてくれ。翠兄さんに何かあったのか」 「えっ何故?」 「何だか最近の翠兄さんは、雰囲気が前とは違ってな。私の気のせいかな」  そうか……丈はまだちゃんと気が付いていないのか。  翠さんが流さんに愛されて変化してきていることを。  どうして京都へ行くのかも。 「丈は気付かない?」  そう問うてみると、不思議そうな顔をした後、独り言のように 「まさかな」と呟いた。  丈にどう切り出そうか実は迷っていた。  丈にとっては実の血の通った兄同士の話なのだから、俺から軽々しく告げることではない。  翠さんたちから告げるのか、それとも丈が気づくのが先か。  それとも永遠の秘密でいくのか……  何が正しいのか。  それは誰にも分からない。 ****  僕は先祖の墓の前で、洋くんに誘われた。  その誘いは、僕の心を一気に京都へ向けるものだった。  そうだ。京都へ行こう。  僕にはやらなくてはいけないことがある。  何故、京都なのか。  それは……やはり月影寺の不思議な言い伝え、夕凪の存在が大きい。  夕凪は確かに実在していた。  夕凪のたった一枚の写真と曾祖父が愛用していたという古びた風呂敷。それだけの手がかりで見つけられるだろうか。  彼の足取り。  彼が眠る場所。  その後、洋くんと京都へ行きたいと流に相談すると、困ったような顔を浮かべていた。 「翠……本当に過去と向き合うのか」 「うん、僕たちが巡りあった理由のすべてを知りたい」  そう告げると、流は深いため息をついた。 「なぁ翠……よく考えてくれ。もしも、悲しい事実だったらどうするつもりだ? 世の中には知らなくてもいいことがあるんじゃないのか」 「それは……」  流はとても真剣な眼だった。  だが僕の覚悟はすでに決まっていた。 「悲劇を……二度と繰り返さないためにも、僕が知りたいんだ」  流……お前との道ならぬ道を歩む覚悟が欲しい。

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