804 / 1585

初心をもって 2

「翠……」  流が僕を抱きしめる。  ビクっと躰が震えるが、ここは茶室だ。  ほっと息を吐くと、流が僕の顎を掴んで上を向かせ、そのまま口づけしてくる。  霜月の朝。肌寒い躰を温めてくれるのか。 「んっ……」  実の弟なのに、僕の想い人。  もうその禁忌は僕を酷くは苦しめないのに、こうやって躰の一部を重ねるたびに、何かが胸の奥で騒ぎ出す。 ……  湖翠……俺たちやっと自由に愛しあえるな  この時を待っていた。  そろそろ俺を探してくれないか。  お前の元に戻りたい。  近くで眠りたい。 ……  これは情念というのか。  曾祖父とその弟が切に願い望んだ結末を、僕達が引き継いだのか。  流の手が僕の躰に触れて来る。  愛おしそうに、確認するように。 「どうした?」 「ん、翠が今日から京都に行ってしまうから、寂しくてな」 「すまない。寺のこと頼んだぞ」 「翠がいない数年間やってきたことだ。だからちゃんとこなすよ」 「うん……あと薙のことも大丈夫だろうか。流には懐いているようだが」 「あぁ薙はいい子だよ。俺の言うことはよく聞いてくれるし、あっ」  流は、一瞬しまったという顔をした。  僕の顔が引きつったのを感じたのか。 「翠、そんな顔すんなって。いつか解けるよ……必ず」  僕は息子との関係を深めることが、相変わらず出来ていなかった。その一方で薙はどんどん流には懐いていった。  父親としての不甲斐なさはある。  だが……どうしようもない埋められない溝も。  それに薙が懐いている流と僕が、こんな深い関係であることは、決して悟られてはいけない。 「さぁそろそろ仕度をしましょう。まずはその寝間着を着替えないと」 「ふっ」 「なにがおかしいんです?」 「ん、お前の口調が昔のようの余所余所しくなるから」 「あぁ」  流はその男気のある顔を綻ばせた。 「兄さん、こういうのも好きでしょう?」 「え」  口づけは解かれたのに、今度は襟元に手を差しこまれ、片肌を露わにされる。首筋に流の唇が触れ、ピリッと小さな痛みが走る。 「つっ……」  きつく吸い上げられた部分には、恐らく花が咲いただろう。  痛くて……小さな悲鳴をあげると、今度はペロペロと労わるように舐められた。 「連れて行けよ」 「え?」 「俺も一緒に行きたい。翠だけじゃ不安だ」  そうか……首筋の痕の意味を悟り、僕は流の肩に手をまわし優しく包みこんだ。 「流、大丈夫だよ。洋くんもいるし、何かあったらすぐにお前を呼ぶ」 「どうだか……洋くんと一緒というのが、心許ないよ」 「彼はしっかりしているよ。芯が強い」 「だが見た目は嗜虐的だ」 「おい! 酷いこと言うな、彼は僕たちの理解者だよ」 「えっ、そうなのか。俺と翠の関係をもう知っているのか」 「おそらく……彼は夕凪との縁があるから、いち早く察したような」 「そうか、参ったな」  恥ずかしそうに流が笑う。 「大丈夫だよ。洋くんは味方だ」 「それは分かっているが、もう揶揄えないな」 「お前は全く」 「あぁもうこんな時間だ。朝のお勤めから俺の役目か」 「悪いな」  流の用意してくれた洋服を着ようと浴衣をすべて脱ぐと、僕の躰を流が愛おしそうに見つめている。 「どうした?」 「ここ、綺麗に痕がついたな」  首筋のさっき、きつく吸われた部分を流が指でなぞってくる。こんな行為にすら、僕の躰は素直に過敏に反応するようになってしまった。 「馬鹿、もう触れるな」 「一緒に行けないから。せめて俺がつけた痕を連れて行け」  そんな情熱的なことを早朝から囁かれて、照れてしまう。  本当に愛おしい。  僕の想い人。  しばし離れることになるが、この旅は流に近づく旅になるだろう。  今日、僕は旅立つ。

ともだちにシェアしよう!