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初心をもって 3

「行ってきます」 「いってらっしゃい」  一足先に出かける丈のことを、離れの玄関先で見送った。  声を掛けると振り返った丈の顔が、少しだけ寂しそうだ。 「丈、週末には会えるからそんな顔するなよ」 「あぁそうだな。金曜日からのホテルは押さえたらから、その日は私の所へ泊るといい」 「えっでも翠さんは?」 「あぁなんでも知りあいの寺に行くそうだ」 「そうなのか。それ聞いてないな」 「ははっ洋はもう寝ていたからな」 「何それ?」  兄弟でタックを組まれると出る幕がないと思いつつも、丈がお兄さんたちと仲良くしてくれるのが嬉しい。  俺が聞いた話では、丈は小さい時から兄弟に打ち解けないで一人でいることが多く、どこか孤独な印象だったから。  中学入学と同時に家を出て中学・高校は寮生活。医大・インターン時代はひとり暮らし。そして俺と出会った会社のテラスハウスと続き……13歳から一度も実家で過ごしていないことを知った時は流石に驚いた。  こんなに大きな寺の息子で、立派な両親も揃ってという何不自由ない状況なのにな。でも何もかも満ちていると周りが思う状況でも、心というものは分からないものだ。  丈の心のもっともっと奥が知りたい。  またゆっくりこの話を丈とはしたいと思っている。  もっともっと教えて欲しい。  丈が俺と出逢うまでの軌跡を。 「まぁどうせ、洋も金曜日から学会で翠兄さんとは一緒にいられないのだから、それでいいだろう」 「ん……でも翠さん大丈夫かな」 「ふっ……とうとう洋が人の心配をするようになったか」  丈が嬉しそうに目を細める。 「信用ないな」 「とにかく気を付けて」  最後に軽いキスで、丈は出かけて行った。  その後姿を見送りながら、次は京都で会えると思うと、宮崎への新婚旅行に続く、新たな旅行のような気持で胸が高鳴った。  いや、これは学会取材の仕事なのだが。それでも丈と目的地が同じだということが、今の俺にはとても嬉しいことだ。 **** 「じゃあいってきます」 「洋くん、くれぐれも翠兄さんのこと頼んだぞ」 「分かりました」 「流こそ留守中のこと頼むぞ。薙のことも」 「任せておいてください」  こんな時の翠さんは、研ぎ澄まされた凛々しい表情をする。  長兄というものは、こういうものなのか。  背負ってきた人生の重さを感じる瞬間だ。  北鎌倉の駅で、俺と翠さんは流さんに見送られ横須賀線に乗り、更に横浜を経由して新横浜から新幹線で一路京都へ向かう。  翠さんと二人きりで旅行というのも、初めてのことで緊張する。  今度は何が待っているのか。  翠さんは夕凪を探すあてはあるのか。  それとも俺自身が京都に降り立てば、何かを思い出すのか。  何も分からない不確かなことへと向かっているのに、以前のように怖くはない。  それはすぐ隣に翠さんがいてくれるからなのかもしれない。  翠さんも同じ気持ちで、京都で何かを見つけようとしているから。  こんな時すらも俺は一人じゃなくなった。  共に謎を解きたいと思っている人がいる。  しかもその人は俺の兄になった人だ。  頑張れないはずがない。  この人のためにも、俺のためにも、流さんと丈のためにも、必ずや夕凪の足取りを掴みたい。 「ごめん。少し眠ってもいい?」 「もちろんです」  静岡あたりで翠さんは寝不足だったのか、うつらうつらしだして眠ってしまった。ちらっと横を見ると、ずっと年上の人なのに、さっきの凛とした姿とうって変わって無防備な寝顔だ。  俺はその寝顔を眺めながら、京都へと想いを馳せていた。  まもなく始まる……何かへと。

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