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初心をもって 4

 間もなく京都駅に着く。 「翠さん……翠さん起きてくださいよ」 「あ……もう着くの?」 「えぇ」  結局、静岡から翠さんはずっと爆睡していた。  よほど寝不足だったのか……らしくない姿に思わず苦笑してしまう。  しかし寝起きの翠さんって、壮絶色っぽいな。  危うい。脆い……そんな言葉が似合う人だ。  俺が月影寺に来た当初と、翠さんの表情は明らかに変化している。  どうやら無防備な時ほど色濃く出てしまうようだ。  これじゃあ……流さんも心配になるよな。 「洋くん? さぁ行くよ」 「あっはい」  どうやらいつもの翠さんのスイッチが入ったらしい。翠さんは流さんの前では頼りない雰囲気だが、一人の時は違う。  小さい頃から修行を積んだ身なんだなと、つくづく思うよ。  しっかり立っている。  そんな姿が俺にとって眩しい存在で、憧れる。 「まずはどこへ行くんですか」 「あぁ迎えが来ているはずだ。付いて来て」  新幹線の改札を出ると翠さんは勝手知ったるかの如く、すいすいと人混みを避け進んでいく。俺は京都は中学の修学旅行以来だ。あまりいい思い出もないし、記憶も定かではない。 「わっ翠さんちょっと待ってください!」  仕事道具のノートパソコンの入った重たい鞄を人にぶつけるわけにもいかず、翠さんを追っていく。 「翠!」  威勢のよい声に顔をあげると、袈裟を着た背が高くごっつい男性が立っていた。  んんっ? 誰だろう。  翠さんも満面の笑みを浮かべているし…… 「道昭《みちあき》!」 「はは、お前はまたその名前を。今は道昭《どうしょう》だ」 「あぁごめん。わざわざ悪いな。自ら迎えに来てくれるなんて」  眼の前で交わされる会話に、この袈裟姿の男性が俺たちを迎えに来てくれたことが理解できた。俺がぽかんとしているのに、二人がようやく気が付いたようだ。 「翠の連れか、この子」 「あぁ……僕の弟だよ」 「へぇお前何人兄弟いるんだ? でも翠の弟だけあって美人さんだ!」  じろじろ見られてきまりが悪いが嫌な視線ではない。心のゆったりとした人のようで、翠さんが人懐っこい笑顔を浮かべているのを見ても、信頼している間だということが分かった。 「うん、洋と言うんだ。洋くん、彼は僕の大学時代の友人で、京都の右京区にある風空寺というお寺の息子さん」 「あっ……あの、はじめまして!」 「おう。よろしくな。翠の弟さん!さぁ行こう。それにしても本当にうちの宿坊でいいのか」 「あぁ、久しぶりに泊まりたくなった」 ****  車で道昭さんのご実家の寺へとやってきた。  沙羅双樹の木と竹藪に囲まれた大きな寺庭。端正に整えられた庭は、鎌倉の月影寺のような自然の息吹のままではなく、端正に整えられていた。 「この部屋でいいか」 「うん、あぁ懐かしいな。あれは学生時代か、夏休みに帰省するお前について来たのは」 「あぁそうだな。翠はこの部屋が気に入って十日間も居座ったな」 「そうだったかな」  朗らかに笑い合う二人にほっとし、本当に居心地がよい人だと思った。書院造りの八畳ほどの客室で、窓の外には枯山水の庭が見えた。 「気にいったか」 「当時と何も変わらないな」 「そうか、庭には拘っている。お前のところの庭はだいぶ草深いからな」 「はは、酷いな。今は少しはましになったよ」 「そうか、何年か前に寄った時は、まだすごかったぞ」 「今は流が丹精を込めて手入れしてくれているよ」 「あぁ。あいつ元気か」 「あぁ、留守を頼んで来た」 「そうか、頼りになるな」 「あぁそうだよ」  どうやらこの道昭さんは月影寺にも来たことがあるらしい。まだまだ俺の知らないことだらけだ。  この二日間で、正直どれだけ夕凪さんの足跡が掴めるのか分からないが、出来る限りのことはしよう。そして翠さんと二人きりの旅行なのだから、もっと俺の兄弟たちの過去を教えて欲しい。  過去は過去。今は今だとは分かっていても、知りたいよ。  俺を受け入れてくれたあなたたちの姿、生き様を教えて欲しくなる。

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