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初心をもって 13
「翠、お前……元気だったか」
「ん、今は元気だ」
「そうか、最後に会ったのはお前の結婚式だったからな」
「そんなに昔になるのか。ならば14年も前になるのか。なんだか信じられないな」
「ほら飲めよ。確かソーダ割りにすれば飲めたよな」
「ありがとう。好みまでよく覚えているな」
道昭から手渡されたのは梅酒のソーダ割り。
僕は昔から酒に弱い。でも梅酒のソーダ割りなら、なんとか飲めるのを覚えていたらしい。
道昭は僕と同じ大学、同じクラスで4年間を共に過ごした仲だ。さっぱりとした懐の深い人間で、居心地のよい温かい心を持っている。
目を閉じれば、ついこの前のことのように思い出されるのに、そんなに月日が経っていたなんて……僕も道昭もすっかりいい歳だ。
「懐かしいよ。お前と俺は大学の弓道部で一緒だったよな。お前が合宿でビールをたらふく飲まされてぶっ倒れたのは焦ったぞ」
「ははっ、そんなことあったか」
「あぁ、お前は途中までは明るかったのに、あれは4年生になった途端だったよな。突然別人のように暗くなって悩んでいるようで、周りのみんなで随分心配したんだぜ。なぁあの時、一体何があったんだ?」
「……もう遠い昔のことだよ」
確かに流の卒業式の朝、公園で克哉くんと再会してしまってから、僕は人生の道を踏み外したのかもしれない。
でもこうやって過ぎ去ってしまえば、あれも僕が流と結ばれるための試練だったと思えるのが不思議だ。
「ところで、この梅酒はあまり甘くないな」
「そうか? うちの味だぜ」
「……そうか」
いつも自宅で飲むのは、流が毎年沢山漬けてくれるものだ。お酒に弱い僕のコンディションを見て、今日は何年ものとか言いながら選んで作ってくれるのだった。
離婚して出戻って来た僕のこと、最初は拒絶されたが、徐々に温かく嬉しそうに迎えてくれたのは流だった。
それからいつも、いつだって……僕の身体に合うものだけを流は与えてくれる。飲み物も食べ物も着るものも、寝具も何もかも……何でこんなに手取り足取り僕の面倒を見たがるのかが、いつも不思議だった。
「なぁ翠が離婚したのは聞いていた。どうして? 子供まで設けたんだろう」
「すぐに息子を授かったよ。僕は24歳で、もう父親になっていた」
「早かったな。随分」
「そうだな。何もかも早すぎた。僕はどうしてあの時あんなに焦っていたのだろう」
「……翠」
道昭は、痛ましいものを見るかのように、僕を見た。
「そんな目でみるな。僕は今幸せだよ。息子も今は一緒に暮らしている。三男の弟も手元に帰って来て、新しい弟も出来て、何だかとても充実している」
「そうか……ならば俺は何も言うまい。確かにお前は昔のように笑っている。でも何か今後困ったことがあれば頼れ、無条件に助けてやるからもう一人で悩むなよ」
「頼もしいよ、道昭は大事な友だ」
「良く言うよ、14年間音信不通でいきなり京都に来るから泊まらせろといってくる図々しい奴のくせに」
「参ったな。それは本当に悪かったよ。僕は長い間……死んだように生きていた」
口に出して初めて実感する。
そうだ、僕は自分の気持ちを押し殺し生きて来た。
それを解放した今、ようやく、ありのままの姿に戻れた気がする。
目を閉じて耳を澄ませば、また声がする。
……
無念だ。
無念すぎる。
泣かしたくなかった。
しあわせを共につくりたかった。
なんでもしてやりたかった。
手取り足取り……
着るものも食べるものも、衣食住のすべてを。
人間としての三大欲求。
食欲、睡眠欲、性欲のすべてを俺で満たしたかった。
全部俺が守りたかったのに……
……
悲しい後悔の念が、とても近くから押し寄せて来る。
待っていてくれ。
きっと迎えに行くから。
喉元を通りすぎる梅酒は、少しだけ苦かった。
補足(不要な方はスルーです!)
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志生帆 海です。こんにちは!
おさらいです♡
『重なる月』の最近の展開は『忍ぶれど…』と『夕凪の空 京の香り』とリンクしています。
『忍ぶれど…』では、翠たち三兄弟の幼少時代から翠の結婚。離婚までを描き、『夕凪』では二人の前世の悲恋を描いています。
合わせて読んでいただけると、理解が深まると思います。
いつも書き手の妄想で突き進む話に、お付き合いくださってありがとうございます。
リアクションも、ありがとうございます!
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