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いにしえの声 1
「翠、ほらリストアップしておいたぞ」
道昭から手渡された紙は、京都中の老舗呉服屋のリストだった。
大正時代から続く店を中心に、詳しく調べてくれたようだ。
「こんなにあるのか」
「これでも可能性が高い所に絞ったつもりだ」
「ありがとう。昨日は見つけられなかったが、まだこんなにあるのか。頑張ってみるよ」
「あぁ詳しい事情は分からないが、翠、お前今いい顔しているぞ」
「そうか」
「あぁ生きているって感じだ。あの頃と違って」
「そうだな。僕は今成し遂げたいことがあるからね」
「ふぅん……なんかお前にそんな顔をさせる人が現れたなんて複雑だが、嬉しいよ。大学時代はどんなに俺が努力しても、お前、ろくに笑わなくて心配してたぞ。結婚式の日だって」
「すまない……いろいろと」
道昭には本当に僕のどん底時代を見られているような気がして、恥ずかしくもなる。
「さぁ行ってこい、朗報待っているぞ」
「ありがとう」
****
「翠さん、次はこっちの店です」
「うん、今度はどうだろうね」
「なかなか足取りが掴めないものですね、あの、もしかして夕凪と名を語っていなかったとか」
「さぁどうだろう。本当に情報が少なくて」
京都の祇園界隈の老舗呉服店では、結局足取りは掴めなかった。次は河原町、烏丸……もう少し上の烏丸御池も。
「すいません。人を探しているのですが」
「へぇ、どんな人?」
「大正時代の人物で、夕凪という男性なんですが」
「そんな昔の? 写真でもあるのか」
写真をじっくりと見てもらう。
「へぇ美男子だな。あんたに似てるけど、ご先祖さま探しとか」
「ええ、まぁ……彼は恐らく京友禅の作家だと思うのですが」
「ふぅん、ずいぶん古い写真だな、曾祖父の時代だなぁ。これは悪いが思い当たらないな。俺も京友禅の組合に入っているが、昔の写真などでも見かけない人物だ」
「すいません」
しらみつぶしに聞いていくが、もうずっとこんな調子だ。
古びたセピア色の写真と風呂敷だけでは、そんな昔の人の面影を掴むことは出来そうもない。
不甲斐ない思いに打ちひしがれそうになるが、翠さんは諦めない。
翠さんが諦めないのなら、俺も諦めない。
「翠さん、今度は二条城方面に行ってみましょう。まだリストに数軒残っています」
無我夢中で京都中を歩き回ったが、もう日没を迎えていた。雲のない西の空に夕焼けの名残りの赤さが残る、まさに黄昏時である。
翠さんと並んで、京の町に沈みゆく太陽を見送った。
ビルに囲まれて窮屈そうな町屋なのに、木のぬくもりにほっこりとした気持ちになる。繊細な千本格子や重厚感のある糸屋格子など趣のある格子が並び、影を作っていた。
「翠さん、京都っていいですね」
「あぁこの格子は本当に趣があるね」
「ええ」
その時ガラリと引き戸が開いて、中から美しい着物姿の女性が出て来た。俺と同い年くらいか……若女将風の上品な印象だ。
何故か、ばっちり目があってしまった。すると女性の方は臆することもなく話しかけて来た。
「あの? ここで何をされているのですか。まぁ……なんて綺麗な人」
溜息交じりに……女性は突然、歌を詠んだ。
……
心あてに それかとぞ見る 白露の
光添へたる 夕顔の花
※当て推量であの評判のお方=光源氏かとお見受けします。
白露が光を増して一段と美しい夕顔の花のようなお姿ですもの
……
これは、源氏物語の夕顔の章か。
俺は思わず返歌を届けた。
……
寄りてこそ それかとも見め たそかれに
ほのぼの見つる 花の夕顔
※近寄って見れば誰だかわかるでしょう。それなのに近寄りもせず…夕暮れにぼんやりと見た夕顔の花では誰だかわからないでしょう。
……
「まぁ粋なことを!素敵!」
「あっすいません、つい」
「あの? それで……お二人の美男子さんたちは、うちの店に何か御用ですか」
「店?」
その時になって俺と翠さんは呉服屋の前に立っていることに気が付いた。
「ええ、うちの店『一宮屋』に御用でも?」
「いちのみや……あぁここが」
道昭さんがリストアップしてくれた中に確かにあった。
ここは……もしかして……何かが見つかりそうだ。
そんな予感に包まれた。
****
いよいよ『夕凪の空 京の香り』の一宮屋の登場です!
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