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いにしえの声 7

「洋くん気を付けて、焦っては駄目だよ。落ち着いて行けば十分間に合う時間なのだから」 「あっ、ありがとうございます」 「さぁ頑張っておいで」 「翠さんの方も、今日は本当に宇治に行くんですか」 「うん行ってくるよ。ちゃんと流にも話してあるから大丈夫だ」 「あの……くれぐれも無理はしないでください。人気のない場所も駄目ですよ」  この美人な兄を一人で行動させるのは不安だが、俺も今日からは仕事なのでしょうがない。無事を祈るしか出来ないのが不甲斐ない。 「くくっ……洋くんに言われてもね。洋くんこそ気を付けるんだよ。丈とはどこで会う予定?」 「たぶん会場の受付で」 「そうか。なら道中の電車の中だけが心配だな。くれぐれも転ばないように」 「翠さんっ、俺はもう子供じゃありませんよ」 「ははっごめんごめん、一番末の弟というのはいつまで経っても子供のようだ」  まるでずっと一緒に育ってきたかのような扱いを翠さんが自然にしてくれることに、胸がぽっと温かくなった。 「じゃあ行ってきます!」 ****  元気に出かけたものの、慣れない町並み、慣れない地下鉄にたじろいでいた。方向音痴な俺は今日は絶対に寝坊してはいけなかったと激しく後悔していた。  スマホで学会の行われる宝ヶ池のホテルまでの道のりを確認すると、乗り換えもあるようだ。  修学旅行で京都を訪れた記憶は朧げで役に立たない。  周りを飛び交う京都弁……そして苦手な地下鉄だ。  朝のラッシュは特に苦手だったので、冷や汗が零れ落ちていくのを感じた。  しっかりしろ!今日は仕事だ。  もう子供じゃない。これくらい我慢しろ。  必死に目を瞑って自分に言い聞かせる。それでもなんとか烏丸丸太町という駅で降りた時には、すでにふらふらだった。  情けないことに、ドンっと行き交う人混みに弾き飛ばされ転んでしまい、おまけに荷物がすっ飛んで行ってしまった。 「うわっ!」 「大丈夫ですか」 「あっはい」  俺の腕を掴んで、素早く立たせてくれた人がいた。顔をあげるとスーツ姿の見知らぬ男性が立っていて、俺の鞄も拾ってくれた。 「あーぁ、ちょっと鞄は踏まれちゃいましたね」 「すいません、助かりました」 「荷物、随分重たいけど無事ですか」 「あっはい、大丈夫です。本当にありがとうございます。あ……急ぐんで失礼します」  男のくせに派手に転んだうえに、荷物まで拾ってもらって……格好悪い。恥ずかしさで顔がかっと赤くなっていくのを感じて、俺は逃げるようにお礼もそこそこに立ち去った。  地下鉄烏丸線に乗り換え、ようやく途中から座れたので、荷物の無事を確認してみた。派手に落っことしたが大丈夫だろうか。ノートPCの電源をそっと入れてみた。無事に点灯したことを確かめてほっとした。それからスマホを見ると丈から連絡が入っていたので、一気に心が落ち着いた。 「洋、おはよう。私も早く着いた。今どこだ?」 「丈、おはよう。俺は後10分位で国際会館という駅に着くよ」 「じゃあ改札でちょっと待っていてくれ。たぶん五分ほどの差で着きそうだ」 「了解。ありがとう」  五分の差だなんて、丈がずいぶん当初の予定より早く来てくれたのが嬉しかった。丈は今日はセミナーを聞くだけなのでもっと後でいいはずなのに、随分早起きして新幹線に飛び乗ってくれたんだな。ありがとう。本当言うと情けないことだが、少し不安だった。  恋人ともうすぐ会える。  俺にとって勇気と元気を与えてもらえることだ。  仕事なのに不謹慎だ。それは分かっているが、北鎌倉に閉じこもっていた俺にとって、本当にまだまだ外の世界は不慣れだった。  だが丈のお陰で頑張れそうだ。  さっきまでの憂鬱な気分は消え、目が覚めたようにやる気で満ちてきた。

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