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いにしえの声 21

 京都駅からはタクシーに飛び乗った。  もう21時をとっくに過ぎている。呉服屋は閉まっているだろうが、店の人が中にいることを祈るばかりだ。車中で、ようやく丈と連絡が取れた。 「もしもし流兄さんですか」 「あぁそうだ、お前なぁ……早く電話に出ろよ」 「あっはい、すいません。食事に出てしまって気が付くのが遅くなりました。何かあったのですか」 「実は翠兄さんと連絡が取れなくなってな、それで俺も京都に来た」 「えっ翠兄さんと? それで流兄さんも京都に?寺の方は大丈夫ですか」  流石に丈は、あからさまに驚いていた。 「あぁ寺は父さんにバトンタッチだ。それより洋くんはいるか」 「ええ」  すぐに洋くんの心配そうな声が聞こえて来た。 「もしもし、どういうことですか。翠さんとなら、昼過ぎに一度電話で話しましたが」 「そうか、やはり宇治にいると言っていたか」 「ええ、なかなか手掛かりがないけれども、午後も探してみると」 「……やはりな」  ほぼ道昭への電話と同じタイミングでかけたのだろう。律儀な翠らしい。翠は午後も宇治にいた。これで確実になったな。あとは宇治での行方だ。 「流さん、俺も一緒に探します」 「んー君たちは明日も仕事があるから、今日は俺一人でいい。何かあったら連絡するから」 「そんな……じゃあ、とにかく見つかったらすぐに教えてください。すごく……すごく心配です」  洋くんは自分を責めるように、落ち込んだ声を出していた。  君のせいではない。  誰のせいでもない。  とにかく俺が行かないと行けないのだ。  膝の上の拳にぎゅっと力を込めた。 「お客さん着きましたよ。一宮屋さんの前ですよ」  案の定、呉服屋はもう閉まっているが、叩き起こしてでも聞くつもりだ。呼び鈴を押そうと手を伸ばした瞬間に、引き戸ががらりと開き、中から若い女性が飛び出してきた。  ぶつかりそうな程の至近距離で、お互いの顔を見合わせた。 「あっ」 「えっ」  お互いに不思議と何かピンとくるものを感じた。  そうだ。手応えのようなものだ。これは…… 「あの、もしかして…夕凪さんの行方を?」 「……っ……何故それを」 「あの……貴方は?」 「あぁ昨日こちらにお邪魔した者の兄弟です」 「あぁそれで……雰囲気が似ているから……でも、なんて偶然なの!ちょうどよかったわ。これを」 「これは!!」  女性から差し出されたのは、俺が喉から手が出る程欲しかった情報だった。  古びた荷札、宇治の夕凪の家の住所。  ここだ! 兄さんはここにいる!    なんらかの事情があって、帰れなくなっているのだ。 「あの……気を付けて。そのあたりは街灯も少なく物騒だと聞いています」 「今から迎えに行ってきます」 「今から? この辺りは険しく細い山道だから車が入れないわ。ちょっと待って」  女性は丁寧に宇治の山奥の細かい地図と提灯のようなものを渡してくれた。俺はもう一度京都駅に戻って奈良線に乗り、一路宇治を目指す。  待っていろ!  山道なんて苦にならない。  北鎌倉で俺はいつも山道を鍛え歩いているからな!  それより無事でいてくれ!  翠、今行くからな。  翠……無事か。  どうか無事で。 **** (翠……今、行くからな)  突然、力強い声に起こされた。  身体が寒さで震え、歯がガチガチと鳴っている。 「寒い……寒くて凍えそうだ」  宇治の山奥は冷え込みが厳しいらしく、恐らく今の気温は5度を下回っているだろう。油断したな。薄手のセーターとトレンチコートを選んだのは失敗だった。全く僕は流がいないと本当に駄目になっている。 「ここは……どうして僕は」  見渡すと辺りは真っ暗だった。  街灯がないと、このような漆黒の世界をこの現代でも作れるのかと驚くばかりだ。  これじゃ右も左も分からないな。  雲の合間に……時々ふと現れる月明りだけが頼りの世界だ。  僕は一体いつから倒れていたのか。ここから早く帰らないと。  今一体何時なのか。連絡をしないと皆、心配しているだろう。  慌てて足元に転がっていたスマホを手繰り寄せると、すでにバッテリーが切れていた。 「なんてことだっ」  焦って腕時計で時刻を確かめると、もう23時近かった。  こんな時間になっていたなんて……僕がここに辿り着いたのは夕刻だったはずだ。  一体何時間こんな場所で意識を失っていたのか。  もうさっきの過去の感情が入り乱れるような強い思念が届かないことに、ほっとした。  苦しみだけが重なって窒息しそうで、あの念にやられて気絶したようなものだ。  悲しみは人を殺すこともある。  今はすべて過ぎ去り静寂の世界になっていることに、ほっとした。 「早く帰らないと……流のもとに」  でも帰り道が分からない。  こんなことになるなんてどうしよう。  皆きっと心配しているだろう。  僕は月を仰ぎ見た。  途方に暮れるとはこのことなのか。  月は辺りを照らしてくれるが、帰り道を教えてくれない。  僕の頼りは……こんな時はもう流しかいない。  流っ……流……  僕の傍に、いつものように来て欲しい。  倒れる寸前に願った言葉を、再び繰り返す。  ひとりは怖い。  ひとり残されるのは嫌だ。  永遠に報われない寂しさ。  そのことを僕の魂は知っていた。  そのことを悟った。

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