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解けていく 13
風呂は鍵付きで、旅館でいうなら家族風呂のような形態のものだった。
「へぇ道昭さんって、結構気が利くんだな」
流は浴室内を隈なくチェックして、満足そうな笑みを浮かべて振り返った。
「おいっ……そんなつもりじゃないだろう」
「でも貸し切りなんて、嬉しいな」
確かにまだ昼前で、宿坊の客は出払っていて誰もいないようだった。
「さぁ翠、入ろう」
ぼんやりと立っていると、流の手が僕の衣類へと伸びて来る。
「脱がしてやるよ」
「いいよ、そのくらい自分でやる」
「させて欲しいんだ。何もかも」
「全く流は……僕のことを甘やかしすぎだ」
「いいじゃないか。俺はこれをしたいし、翠は甘えたがっている」
「なっ……僕がいつ?」
ふふんと流は、目で笑っていた。
つられて僕も、笑ってしまった。
「まったく流は小さな子供みたいに……僕を虐める気か」
今こんな風に笑い合えるということが、どんなに尊いものか僕たちは知っている。
一番険悪だったのは、彩乃さんの懐妊が分かった頃だろうか。
今ならよく分かる。
僕だって逆の立場だったら、とても冷静でいられなかっただろう。
あの夜、流が僕を力任せに布団に押し倒し、涙を落したことを忘れない。
悔しそうな悲しそうな眼で責めるように見下ろされ、まるで雷に打たれたように動けなくなった。
そしてあれ以来、僕が月影寺に戻って来るまでの五年間は、本当に辛かった。
僕が愛情を注いで育てた弟からの厳しい拒絶は、相当堪えた。でも弟をそんな風にしたのは僕だと分かっているから、距離を置くしかなかった。
次第に僕の精神は、脆くなっていった。
若く心構えもないまま父親になってしまったこともあり、眠れない日が増えた。
あの頃の僕は本当に悲愴だった。
「翠、ほらいつまでぼんやりしてる? また熱が出るぞ」
気が付くと僕は、真っ裸に剥かれていた。
流は僕の腰付近に手をまわし、浴室内へと誘った。
明け方、流がタオルで拭いてくれたとはいえ、一晩野宿どころか、あんな場所で流と繋がった躰だ。
拭ききれなかった汚れが、外からは見えない部分に残っていた。
それに鏡を見ると、所々に情痕が散っているのが分かった。
こんな姿……誰にも見せられない!
でもそれは少しも嫌ではなく、流が愛してくれた痕だと思うと、指先で辿りたくなる程、愛おしかった。
これは愛おしい者からの贈り物だ。
遠い昔のあなたたちが成し遂げることが出来なかった域に、僕たちはやって来た。
「さぁ洗おう」
「うん」
素直に流に身を任せる。
誰かに委ねることの心地良さを、僕は知ってしまった。
湯船に浸かる前に、流が泡立てたボディソープで丁寧に躰を洗ってくれる。
スポンジなどは使わないで流が自身の手のひらで、指先で身体を清めてくれる。
「うっ……」
わざとなのか。
乳首の下や臍の周り。
尻のラインに沿って、その狭間へも指が器用に潜り込んでくる。
「あっ……そんな触り方は、よせ」
「翠を愛撫している」
「そんなっ露骨に」
もうそれ以上触れては駄目だ。
ここは学友の寺で、宿坊で、僕たちはこんなことをしている場合ではない。
それでも僕は目を瞑り、その指先の行方を追ってしまう。
補足(不要な方はスルーで)
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本日の内容は『忍ぶれど…』60話〜とリンクした内容です。合わせて忍ぶれども読んでいただけると、この兄弟の歩んできた道が深まります。宣伝みたいになってしまい申し訳ありません。
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