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解けていく 14
流の手は、僕が感じる部分をよく知っている。知っているからこそ、どんな場所でも容易に僕を追い詰める。
「翠、一度出そう。苦しそうだぞ、ここ」
「ううっ……」
石鹸をまとった流の手によって、快楽の先へとどんどん導かれていく。そしてそれに抗う術を、僕は放棄している。
「あぁっ……」
さして広くもない家族風呂のような場所で、僕は冷たいタイルの壁に裸体を押し付け悶えていた。
「あっ……あっ」
流の手が巧みに動き、僕の快楽を外へと一気に導いた。最後は弾くように促されると一気に、ヌルッとした感触が下半身を伝う。
「翠……沢山出たな」
「流、酷いよ……っ、こんな場所で」
上気した頬で涙目になりながら流のことを睨めば、どこか困ったように笑っていた。こんな表情を最近流はよく浮かべる。
「そんな顔しても……可愛いだけなのに。さぁ流して湯船につかろう」
****
翠の躰は毒だ。
俺のことを、甘く見境なく誘ってくる。まして裸体なんて見たら、制御できなくなるのを知っている癖に。
翠はそうなることが分かって、一緒に風呂に誘うのか。
翠とこういう関係になる前は、兄の裸体を見るのが辛かった。耐え忍ぶものが多すぎた。
ふと昔のことを思い出す。
あれは翠が二十九歳の時だ。突然彩乃さんと離婚して、息子の薙も残して、たった一人で北鎌倉に戻って来た。
久しぶりに会った兄の衰弱振りに驚いたものだ。
一体何があったんだよ。
肩を掴んで揺さぶっても「何も……」と首を振るばかり。
だがその目は俺を見ず、ぼんやりとしていた。
兄さんはこんな人じゃなかった。
自分に厳しく耐えることが出来る人で、こんな風に儚げに乱れるような人じゃなかった。信じられない気持ちでいっぱいだった。
両親も心配し、とにかく兄さんの心が落ち着くのを波風立てずに待つことに努めた。
無気力になってしまった兄の世話は、俺が全部引き受けた。
洋服を選ぶことから着せてやることまで、全部俺が世話した。
風呂だって放って置けば、ぼんやりと何時間でも浸かって溺れそうになるので、気を遣いながら介助することもあった。
徐々に俺の献身的な介護のようなものが届いたのか、兄は正気を取り戻していった。
俺がこんな風に兄さんのことを世話するようになったのは、あの頃の名残だ。
いや名残なんかじゃなくて、俺が離れ難かったのだ。
一度触れてしまった兄の躰。
俺を拒まない兄のことが、手放せなくなった。
躰も心も手に入れられないのなら、せめて身の回りの世話だけでもさせて欲しいと切に願った。
それは遠い昔からの願いだったような気がして、過去から押されるように……俺は頑なに兄の傍を離れなかった。
もう二度と兄を悲しませたくない。
あんな辛い想いをさせたくない。
兄が月影寺を出て行かなくてはならなかった事件は重石をのせて沈めたはずなのに、ちらちらと舞う粉雪のように、俺の上に降り注ぐ。
ちゃぷん……
静かにお湯が跳ねた。
「流、どうした? 難しい顔して」
****
丈と束の間の抱擁を交わし満たされた気持ちで会場に戻ると、高瀬くんが手招きしていた。
「浅岡さんこっちですよ。ここどうぞ」
「……ありがとう」
「さっきの話ですが、浅岡さんってそんなに英語強いんですか」
「え?」
隣の席に座るなり、真顔で問いただすように聞かれて驚いた。
「えっと……強いというか、高校の時に親の転勤で渡米して、向こうの大学を卒業したから」
「へぇ向こうの大学卒後した後はどうしたんです?」
「それは日本に単身で帰国して就職したよ」
「なんでわざわざ? まだ向こうに居ればよかったのに」
「それは……」
義父との緊張した生活に疲れてとは言えなかった。
「ふぅん、なんか勿体ないな」
「え?」
「語学力を活かして向こうで就職すればよかったのに。なんでそんな人がこんなところでメディカルライターなんて」
ドキッとした。
今まで明るい人だと思っていた高瀬くんの表情が、一瞬暗くなったような気がした。
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