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解けていく 19

「ほら冷たい水だ」 「悪かったな。道昭」  風呂から急いで出た後、道昭に水を飲むように促され、顔色も確かめられてしまった。 「翠、風呂で温まったようだな。すっかり血色良くなって元気そうだ。それで墓を移す件だが、明日の午後で大丈夫そうか」 「うん明日の午後なら、末の弟達も同行できるから丁度いいよ」 「洋くんも一緒に行くか。そういえば宇治の山荘にある墓石はどうする? 撤去するのか、それとも一緒に持って行くのか」 「実はね、北鎌倉に墓石だけはあるんだ。だから持っては行かない。墓石は置いたままでいいと大鷹屋さんにも言われているし」  北鎌倉に墓を建てたのは一体誰だったのかと思案してみた。  もしかしたら大鷹屋のあの老人の父親だったのかもしれない。いつかこんな日がやってくるのを知っていたかのようで、不思議だ。  ついにあの空っぽだった墓に、入るべき人たちがやってくるのだと思うと 感慨深い。 「なるほど、じゃあ業者は特にいらないな。それから墓石を撤去する時の魂抜きの『閉眼法要』は誰がする? 俺か、それとも翠がやるか」 「僕が僧侶として読経するよ」 「そうだな、お前たちの問題だしそれがいい。ところで袈裟は持って来ているのか」 「あ……」  しまった! 今回は旅行だったので準備していない。  いつもの癖で「どうしよう」っと、流のことを思わず見つめてしまった。  最近の僕は……駄目だな。困ったことがあるとすぐに流のことを見つめてしまうよ。  流はそんな僕を安心させるように、どこまでも優しい笑顔を浮かべてくれる。いつも僕のすぐ傍にいて、僕を守りサポートしてくれている。それが感じられるのが今はとても幸せだ。 「兄さん安心してください。こんなこともあろうかと一式持参してきましたよ」 「え? 流が」 「俺は抜かりないですからね」  流はニヤリと得意げに言い放った。  ふっ、こんな所は昔のままだ。お前は負けず嫌いだよな。 「ははっ頼もしい弟だな。じゃあすべてが明日だな。もうそのまま帰るのか」 「あぁ本当に世話になったな」 「改まってなんだよ。俺と翠の仲じゃないか」  道昭が豪快に笑うので、僕もつられて笑った。  京都の旅も、もう明日で終わりだ。  僕にとって有意義なものだった……いや僕と流にとってだ。僕と流を結んだ縁の深さを、この目で確かめることが出来たのだから。  すべての謎が解けていく尊い旅だった。 「お前達は今日は出かけないのか」 「そうだな、今日はこのままここでゆっくりしたいと思うよ」 「なぁ最後の晩だしさ、三条河原町にちょっとモダンで美味しい湯豆腐の店があるから、よかったら一緒にいかないか」 「……流も一緒でいいか」 「もちろんいいさ」  ちらっと流を見ると少し考えているような表情だった。 「兄さんは道昭さんと行ってくるといい。京都最後の夜だ。たまには旧友とじっくり過ごしたいだろう」 「え?」  いつも自分の意見を押し通してしまうような所もあるのに、ここに来てこんな風に物分かりがいいなんて、拍子抜けしてしまう。 「おお! 気が利くじゃないか。じゃあ翠と二人でいくか。悪いが今夜だけ貸してくれよな」 「いいですよ。別に」 「十八時に出発だ」  道昭は上機嫌で部屋から出て行った。 **** 「流? 良かったのか」 「たまには兄さんの交友関係も尊重したい」 「どうした? なんだかお前らしくないな」 「ふぅん……翠は寂しいのか、俺がいないと」 「そっそんなことないが」 「ふっじゃあ俺がいなくても少しだけ我慢してくれよ」  翠は少し不思議そうな顔をしていたが、今日はどうしても一人で買いに行きたいものがあったので、道昭さんと夕食に行くことを勧めた。  まぁ道昭さんには、何だかんだと今回お世話になったから、俺からの礼のつもりだ。  実は夕凪に縁があった一宮屋の話を聞いてから興味を持ち、帰る前に一度訪ねてみたいと思っていた。そこで翠のために欲しいものがあるから。  翠の方は、不思議そうな表情のあと少し寂しそうな笑みを浮かべていた。 「分かったよ」 「そんな顔するなって、夜には同じ部屋で眠れるだろう?」 「もう……眠るだけだ。もう……今日はしないからな」  翠は少し拗ねたような口調だった。  それが可愛いんだよ。  その表情が俺を煽るって、いつになったら気付いてくれるのか。  いつも凛として前を歩いていた兄の翠。  そんな翠が俺にだけ見せてくれる危うい表情が、もっと見たくなる。  もっともっと乱してみたくなる。

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