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夏休み番外編『SUMMER VACATION 2nd』9

「流がやってみたい事とは……何だ?」  流が宝物を手に入れたように何かを握りしめ、僕を見下ろしている。  ワクワクとした表情に幼き流の面影を見つけ、懐かしく思った。 「これさ」  目の前に差し出されたのは、浴衣を着る時に使う腰紐だった。 「正絹の腰紐だ。夕凪の浴衣と一緒に入っていたのが落ちていた」  触れると、しなやかな手触りで少しひんやりと心地良かった。 「生地が薄いから一見頼りなさそうだが、さすが絹だよな。張りがあって実は丈夫だし身体にも良く馴染む。まるで……これは翠のようだ」 「ん? どこが僕なんだ?」  意味が分からなくて、聞いてみた。 「そうだな、躰に馴染むってところかな」 「おい! もう言うな……お前の口は、まったく」 「で、使っていいか」 「だからそれをどうすると?」 「ちぇっ、翠は初心だな」  そこまで言われて、はっと気が付いた。  紐とは……縛るためにあるのだと。 「りゅ……流は何がしたいんだ?」 「なぁ怒るか。翠を……縛りたいなんて言ったら」  はぁ……やっぱり。  流が哀願するような目で僕を見る。  その目は駄目だ。僕は流の言うことなら何でも聞いてあげたくなる。  いつの間にか立場が逆転していた。弟として従順な流は、今はいない。 「お前は馬鹿だな。そんな目をして……全く」 「翠は初心だからきつく縛らないから」 「やっ……約束できるか」 「あぁ一度だけ……翠のそんな姿見せてくれ」  一度で済むはずがないだろう。そう突っ込みたがったが、気が付けばまたコクリと頷いて了承していた。  僕は流の手を借りて一旦身体を起こされ、改めて自分の姿を見て唖然とした。  浴衣が着崩れるにも、ほどがある。もう上半身は完全に剥かれ、浴衣の裾も割れ太腿が見えている。腰紐だけでかろうじで躰に張り付き、あられもない姿だった。  こんな姿だったら、いっそ裸の方がましではと思ってしまう。  もう流には何もかも見せたつもりだったが、流にとっては、まだまだなのかもしれないな。 「で……どこを縛りたいのか」 「いいのか」  そう返事すると、流の男らしい喉仏がゴクリと音を立てて上下した。  まったく……そんなにしてみたいのか。  お前が欲しがるものは何でもしてあげたいよ。  遠い昔、出来なかったこと。  お前が無念だったことなら、何でもしてやりたい。  だから…… 「いいよ、ほら」  流の胸の前に両手を差し出した。 「翠っ!」  その手を頭上で押さえつけるように再び布団に押し倒される。  まるで飢えた野獣みたいに、流が興奮し覆い被さってくる。 「あっ……」  流の大きな手によって、頭上で手首を拘束されただけでも、羞恥に震えた。  同時に、僕の中で何かが弾けた。  流と初めて繋がってから、もう一年が過ぎようとしている。  この一年、流はどこまでも僕を優しく宝物のように抱き、こんな風に拘束することは一度もなく、僕が嫌がることも絶対にしなかった。  でも、もう少し強く……もっと強く……  僕の中でなにかが目覚め、何かを求めだしているのは、自分自身が一番よく知っている。そのことに気が付いてしまったのだ。 「ここを縛ってもいい」 「いいのか」 「あぁ」 「縛ったまま、抱いてくれ」 「翠……翠の口からそんな言葉が漏れるなんて信じられない」 「僕だって……男だ」  自分で発した言葉の意味が分からなかった。  でも僕からも何かをしたくなっていた。  僕は流に縛られることによって、繋ぎ留められたいのかもしれない。  どこまでも一緒に生きていくから、どんな姿にもなってもいい。  様々な僕の姿を、その目に焼き付けて欲しい。

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