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愛しい人 5

「俺さ、最近ちょっと変なんだよ」 「何が? 」 「薙のこと見るとドキドキって心臓がなって……男相手に恋煩いはないだろうから、これって何だろう? 」 「はぁ? 何言ってんだか」  拓人が困った顔で変なことを言うので、動揺してしまった。それから頭の中で、また流さんのこと考えてしまった。月影寺で流さんの姿をつい目で追ってしまう自分のことを。これというのも父さんたちが俺を置いて京都に行くから悪いんだ。あの朝、流さんに泣いているところ見られて、甘えたこと言ってしまった。あんな姿見せたせいなのかな。 「……男相手でも心臓って、ざわつくってことあるよ」 「薙? 」  不思議そうに拓人が見つめ返してきたので、慌てて話をそらした。 「しかしお前の弁当はいつも海苔弁だな」 「あーまぁな。しょうがないんだよ」 「お前んちって? あ、いや……なんでもない」  踏み込んで聞けば、オレのことも言わなくてはいけない。だから聞かない。 「なぁ薙。今度お前んち行っていい? 」 「え……」  オレんちは特殊だから見せたくない。その言葉は無邪気な笑顔の拓人を前に……言えなかった。 「……あっいいよ。無理にじゃないし。じゃあな」 「うん……また明日!」  拓人と別れて、少し憂鬱な気持で帰宅した。  山門に続く階段を一段抜かしで上っていると、後ろから声をかけられた。振り返ると洋さんで、はぁはぁと肩で息をしている。 「ふぅ……薙くんは足が随分速いな」 「まぁな。洋さんは息あがってるな」 「君の姿がバスから見えたので慌てて追いかけたけど、歩くのすごい早いから……」  相変わらず、ゾクっとする程綺麗な顔をしていると間近で見て、しみじみと思う。男にする形容詞じゃないのは分かっているけど、美人という言葉以外浮かばない人だな。 「あの……なんか……顔色悪いけど」 「うん、ごめん。ちょっと急ぎすぎたかな」  おいおい、この前みたいに貧血起こさないでくれよ。今日は丈さんはいないし。 「あそこで休んだら?」  オレは洋さんの手を掴んで、寺の山門の横の東屋に座らせ、鞄の中のペットボトル飲料を手に握らせてあげた。  洋さんが子供みたいだな。これじゃ…… 「ごめん。なんか君にこんなことしてもらうと情けなくなるな」 「もしかして……どっか病気? 違うよな。医者が恋人だもんな」 「え……」  もうバレバレなのに、改めて言われるのは恥ずかしいらしく顔を赤くする。  そんな様子に、これじゃ丈さん放っておけないよな。オレにも洋さんみたいな可愛げがあれば……もっと流さんに可愛がってもらえるのかな。 「薙くんさ……中学でいい友達が出来たみたいだね」  額の汗を拭きながら、洋さんが突然聞いてくる。 「なんで?」 「君が通りで友達と別れるところから見ていたんだ。その子ずっと薙くんが曲がるまで見送っていたから」 「拓人か……」 「へぇ、タクトくんっていうのか。俺にも中学の時親友がいたよ。今ももちろん親友だけど」  何故だか今日拓人から言われたことを、洋さんに喋りたくなった。 「実はさ…その親友に、今日オレのことみるとドキドキするって言われたんだけど……」 「え? そんなことを」 「恋煩いじゃないから、なんだろうってさ」    一応補足しておいた。いくら洋さんと丈さんが恐らく恋人同士だからって、オレの質問まで、その手の話に取られるのは心外だから。 「ふぅん……でもそんな友達が出来てよかったね。なんか俺の親友のこと思い出すよ」 「洋さんにもいたんだ。丈さんが妬かない? 妬くとあの人、意地悪しそうだ」 「なっ……」  なんかこの人は子供みたいに素直な反応をするんだな。最初に会った時は澄ました美人なだけかと思ったから意外だ。顔がますます赤くなっていて可愛いし面白い。 「もしかして……俺のこと子供みたいだと思った? 俺さ……今頃やりなおしているのかも。中学や高校……大学で出来なかったことを。だからね、薙くんと俺、年齢は結構離れているけれども、友達になれたらいいなと思っているよ。俺でよかったら、何でも相談して欲しい」  ふと真顔で、そんなことを言われて照れくさくなった。 「俺には薙くん位の時、何もかもを晒して相談できる相手がいなかったから」  今度は真顔になっていた。この人の過去は一体? 「あっうん。まぁオレもそいつのこと嫌いじゃないから。ドキドキされて悪い気はしなかった」 「そっか、じゃあ今度ここに連れておいでよ。友達は家に呼ぶもんだろう。俺でよかったら英語なら見てあげられるし」 「そっか、洋さん英語だけは得意だったな。料理は最悪だけど」 「あっ、それ言う?」  くすぐったく笑う洋さんは、やっぱり綺麗だった。  ってこんなこと思うオレもどうなんだか。    ふと洋さんの笑顔の向こうに、父さんの顔を思い浮かべた。  父さんの笑顔なんて、ほとんど見ていないな。  あの人……今、幸せなのか。

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