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出逢ってはいけない 3
拓人に駆け寄って来た小さな子供には驚いた。
参ったな……オレ、何も拓人のことを知らなかったんだな。
これってつまり、離れて暮らす弟と妹がいたってことだよな。
「驚いたな。お前の弟と妹か」
「あぁそういうわけだ。そういう薙はいるのか」
「いやオレは一人っ子だよ」
「へぇ意外だ。そういう感じしない。甘ったれてないし」
「……まぁね、ちょっと特殊な環境だったかも」
「特殊って? あっ悪い。聞いちゃ駄目か」
「……いや、親父とは離れて暮らしていたから。五歳の時、離婚していたんだ」
「え? そうだったのか。だって親父さんって、さっき会った人だよな? 」
「うん訳あって、今は父方の家で過ごしている」
「そうだったのか、まぁそういう俺も特殊だ」
「みたいだな」
オレたちが話しているのを大人しく待っていた妹が、我慢できなくなったようで、話に割り込んで来た。オレの顔を女の子が大きな瞳でのぞき込んでくるので戸惑ってしまう。小さい子供って慣れていないよ。
「お兄ちゃん、この人だぁれ? キレイ!」
「ユイは相変わらずだな、またそれか」
「だってユイはキレイなもの大好きだもん。夏休みのお兄ちゃんも王子さまみたいだったけど、このお兄ちゃんもすごくキレイだよぉ……あ……でもあの時は、ママがいて……うぇ……うわーん」
突然泣かれても、どう対処していいのか……思わず拓人に助けを求めた。
「ユイもう泣くなよ。薙、悪いな。俺たちの母親、8月の終わりに亡くなったばかりでさ、こいつらまだ恋しいんだ」
「……そ、そうだったのか」
こんな小さい子供を残してか……辛かったろうな。
オレにはあんな母親だけどいてくれる。昨夜なんて、まるで昔に戻ったみたいに母親らしい顔をしていた。いてくれることの有難さを、ひしひしと感じてしまった。
「何も話していなくて悪かったな」
「いや、オレも同じだよ」
妹の横に立っている少年の視線を感じて、はっとした。
「玲どうした? 」
「いや……別に」
「薙、こいつは今11歳の玲《レイ》、そしてこっちがまだ5歳のユイだ。俺たち三兄妹ってわけだ。俺だけ学校の都合もあるし、ばーちゃんちに三人も世話になるのは大変だから、父方の家で暮らしているんだ」
「なるほど、じゃあお父さんと暮らしているのか」
「いや……父はまだ入院中でさ」
拓人の表情が曇る。
「そうなのか。あ……お母さんが亡くなったのって事故だったのか。オレ何も知らなくて悪かったな」
「いや薙に話していなかったんだから気にすんな。交通事故だった……それより今日は助かったよ。実はひとりで東京まで行くの勇気いったし、道もあやふやでさ、今日は実はこれから父親の退院でさ」
驚いた。次から次に知る事実が重たくて……
「え? そんな大事な時にオレがいたら邪魔じゃないか。もう帰るよ」
「いや……オレも病院で挨拶したら、一緒に北鎌倉に戻るからもう少しだけつきあってくれよ」
参ったな。拓人の家の事情がこんな複雑だなんて知らなかった。気軽にくっついて来たのを、少なからず後悔してしまった。
「わぁ~うれしいな! このキレイなお兄ちゃんもパパの病院に一緒に行くの? 」
「いいだろ?薙」
「う……ん」
小さな女の子の笑窪のある手にぎゅっと握られては、断れないよな。
「ユイ、僕はあの夏のお兄ちゃんの方がキレイだと思う」
突然、玲くんの方が呟いた。
「さっきからお前たちが言う、その夏のお兄ちゃんって一体誰だよ? 」
「お兄ちゃんは旅行行っていないから見てないけど、本物の王子さまみたいにキレイだったんだよぉ~うそじゃないもん!」
「おいおい、夢でも見たんじゃないか。そんな綺麗な男なんて……」
拓人は、何故かそのまま押し黙ってしまった。
オレは本物の王子様みたいに綺麗な男と言えば……月影寺で暮らす洋さんのを思い出す。
あの人なら……そう形容しても間違いでないと、男のオレでも思うから。
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