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出逢ってはいけない 10

 その夜、久しぶりに母の夢を見た。  夢で母に逢うのは、いつぶりだろう。  俺はまだ大きなランドセルを背負った小さな子供だった。  背中が重たくて、真冬だというのにうっすら汗をかいていた。   「洋、またな!」 「うん、また明日」  登下校を一緒にしている安志にバイバイと手を振って、家の前に立つといい匂いがした。お肉が焦げたような匂いに、途端にお腹がぐぅと鳴った。 「ただいまぁ」 「お帰りなさい、洋」  すぐにエプロンをつけた母が出迎えてくれた。優しくて若くて綺麗な母は、いつだって俺の自慢だった。 「ママ~何を作っているの? お肉のいい匂いするね」 「ふふっ今日はね、パパが大きなハンバーグを作ってくれているのよ」 「わぁ! パパのハンバーグ! 大好き!」  台所に走って行くと、父が背を向けてフライパンの前に立っていた。 「パパー!」 「お帰り。今日は洋の大好物のハンバーグだぞ」  そう言いながら父が振り返った。 「あっ!」 **** 「あっ!」  夜中に飛び起きてしまった。  実父の顔はよく覚えていないはずだった。  なのに……写真で見たあの父が生きて動いて、俺に話しかけてくれた。  夢の中で逢えた。  思わず口に手をあてて、嗚咽してしまった。   「うっ……う……」  全く……記憶とはなんてあやふやなものなんだ。  こんな拍子に突然飛び出してくるなんて。そうだ、ハンバーグは父の十八番料理だった。ペンだこのある節くれ立った指、大きな手の平で、みるみるうちに成形されていくハンバーグを、俺はよく食卓に頬杖をついて眺めていた。  何故、今更こんな夢を?  そうか……今日ハンバーグを作ったからだ。 「父さん……のハンバーグ……習っておきたかったな」  ひとりで思い出した記憶に戸惑い、切なさが募ってしまった。こんな時は、丈の胸に逃げ込みたい気持ちになるのに、今宵は君がいない。  時計を見るとまだ真夜中で、丈に会えるのがまだまだ先だということにがっかりした。でも目が覚めてしまったようだ。  何度か寝返りを打ちながらも眠る努力したが、眠れないのでガウンを羽織り、ソファへと移動した。  丈が飾ってくれた壁の満月のタペストリーを眺めて、心を落ち着かせていく。 「参ったな。薙くんと接していると、いろんなことを思い出してしまう。母のこと……いい歳して……恋しくなっている。それにとうの昔に亡くなった実父にも会いたくなる。こんなにも幸せなのに、一体何でだよ」  今日は自分の感情をコントロール出来ない。  丈がいないと、本当に俺はいつまでたっても不安定だと痛感してしまった。 ****  広尾の病院からの帰り道、俺は父の奇行について考えていた。  「拓人っあれは誰だ! 教えろ!」  薙は電話に出るために病室に入る直前にUターンしてしまった。でも入れ違いにユイがベッドのカーテンを開けたので、遠ざかって行く薙の姿を父が捉えたようだった。    その途端、父の様子がおかしくなった。  いや、もともとおかしい人だとは思っていたので、またかよ!という気持ちにもなったが、どうして薙を見てなのかが、分からなかった。  俺もなんで嫌がる薙に頭を下げてまで、父に会わせたかったのか。それも今となってはあやふやだ。俺の行動はまるで何かに取り憑かれていたみたいだな。参ったな……明日ちゃんと薙に謝ろう。  俺と父とは血が繋がっていない。  俺が九歳の時の再婚だったので、よく理解している。だから生まれた弟の玲とユイは俺にとって異父きょうだいになる。  母が幸せになればと思って、すべてを受け入れたのに喧嘩の絶えない家庭だった。喧嘩の原因はいつも同じだった。決まって繰り返される言葉があった。  

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